ほっ、ほっ、ほっ
タイトル、フクロウになったわけではない。
表の空き地が整地されて、畑がなくなったせいか、玄関先にやたらバッタが多い。この前は台所のやかんの取っ手にとまっていて、猫が見つけない前にと、大急ぎで逃がした。庭の草木には害虫だろうが、あのうす緑の姿は、昔から好きだ。
そこの空き地に建てる家だが、大工さんが稲刈りで忙しいので、工事は10月なかばになりそうで、それまでに今の家の中を少しは片づけられそうで、ほっとした。というのが一つ。
10日の土曜に大学で公開講座をすることになっていて、その資料を月曜に出すことになっていたのを、ようやく何とか、ほぼ作った。
明日にはしあがりそうだ。もう真剣に、ほっとした、というのが二つ。いや待て、明日は九条の会もあったぞ。ひゃ~、朝からがんばらねば。
カツジがこの前、初めてトイレの外でうんちをしたので、あわてたが、その後また、きれいに使っている。何かまた、私にかわいがられなくなるのではと不安になっていたのだろう。これだけかわいがっているのに、何の不安があるのかと思うが、まあ、今のところ落ちついているようで、ほっ、ほっ、ごろすけほっ。
おっと、もう一つあった。
地デジのチューナーがうまくつなげず、結局業者を呼んだ。やってきた大柄なお兄さんは、電気にくわしい(あたりまえだが)プロっぽい人で、私のDVDプレーヤーに地デジアンテナが内蔵されてたからチューナーはいらなかったことを、ちょっと木で鼻をくくったような態度で指摘してくれたが、私がとなりの部屋に行った間に、テーブルの上に座って作業を見守っていたカツジ猫に、「こんにちわ」と言って、のどをくすぐっていたのは、何やらおかしかった。
「チューナーは友だちにやるから、いいけど、せっかく来てくれたのにはり合いがなかったですね、ごめんね」と言うと、「このテレビは古いけど、ものすごく上等で、当時は高かったはずだし、画面も今の液晶に負けない、ブラウン管の最高の技術に達した時代のものだから、こわれるまで使ったがいい。自分も電気屋だけど、これと同じのを使っている」と、言い置いて帰りました。
たしかに画面はめっぽうきれいだし、処分する気はなかったのですが、ただ、ものすごく厚くて、重くて、床がいたむのよねえ、これは。相撲のけいこみたいに両手をかけて、全力で押して、やっと動くし。
でも、そう言われたのでうれしくて、きげんよく見ていたら、最近はカツジがテレビの上に寝るようになりました。
テレビの上で寝る猫は、昔は四季を通じての風物詩でしたが、今の薄型テレビではありえないわけで、カツジは現代の猫にあるまじきぜいたくをしていることになります。
とにかく、それで、めでたく地デジも見られるようになって、これも一安心です。
あとひとつ、9月末の学会の出席返事をするハガキが見つからないのが悩ましい。どこに行ったかふしぎでならない。猫が食ったとしか思えない。