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ぼくたちと、びじゅつかん(カツジ猫)

みなさん、こんばんわ

けさ、かいぬしが、「きつーい、だるーい、ねむーい、あつーい。
しかし、きょうぐらいしか、いくときがないー」とぼやきながら、
 「だから、びじゅつかんに、『こいそりょうへい』のてんらんかいを、
みにいくぞ。ついてくるかい」と、いうので、
 ぼくと、せんぱいねこのきゃらめるさん、みるくさん、あにゃんさんのよんひきは、
いそいで、くるまにとびのりました。

ぼくたちは、もうみんな、しんでいて、
かいぬしといっしょに、まえのようにくらしていても、
いきもののめには、みえないはずなのに、
かいぬしは、このごろ、なにかをかんじるのか、
ひとのいないときには、よく、ぼくたちに、はなしかけます。

あついからか、れんきゅうもおわったからか、どうろはすいていました。
 でも、かいぬしは、つかれているのか、きげんがわるくて、
きにいらない、うごきをする、くるまには、かたっぱしから、
「のろま、くたばれ、ひきょうもの、ばかやろう」などと、
きこえないのをいいことに、くるまのなかから、どなっていました。

ぼくたちもまけないで、だれにもみえないし、きこえないんだけど、
まどごしに、かいぬしの、どなるくるまにむかって、
ふうふうしゃあしゃあ、うなったり、ぎゃあぎゃあわめいたりして、
かいぬしを、おうえんしました。

ときどき、となりのくるまにも、ぼくたちとおなじような、
いぬとかが、のっていて、まどをひっかいて、わんわん、ほえました。
 ぼくたちもまけずに、わめきかえして、まどをひっかいて、
のどが、かれそうでした。

でも、ぶじに、びじゅつかんについて、そこもすごく、すいていて、
かいぬしは、「こんなこと、はじめてだ。いいなあ」とよろこんで、
いちまいずつ、ゆっくり、えをみていました。
 はだかのおんなのひとのえが、おおかったです。
 「しゃしんをとっていい、えは、いちまいしかなかったし、
わたしは、このがかは、すきなんだけど、
ちょっといめーじが、ちがったし、ぐっずもすくなかったし、
ずろくも、たかくなかったから、
おかねもへらないし、いろいろ、つかれないで、よかったなあ」と、
かいぬしは、きげんよくなって、
えはがきや、ふぁいるや、ずろくをかって、びじゅつかんのなかの、
きっさてんに、はいりました。

そこもすいていて、じょうとうの「ぱふぇ」と、こーひーを、
かいぬしは、いいけしきをながめながら、ゆっくり、たべていました。
よにんがけの、せきのいすを、にもつは、まどのそばにおいて、
ぼくたちのために、みっつ、あけておいてくれたけど、
くろねこのあにゃんさんは、いつものように、そとのてらすにでていって、
あちこち、かけまわって、よろこんでいたし、
しゃむねこの、みるくさんは、かいぬしのよこのせきで、ねているし、
きゃらめるさんは、ぱふぇのくりーむをすこしなめてから、
あにゃんさんといっしょに、そとにいって、あそんでいるから、
ぼくは、かいぬしの、おさらのよこの、てーぶるのうえに、ねてやりました。

かいぬしは、みえないはずなのに、ぼくたちをみて、わらっていました。
 そして、「ずろく」のえをみながら、
「このひとの、せいぶつがやら、へやのなかをかいたえやらは、
なんだか、わたしの、いまのへやに、にているとおもわないかい。
ちらかりかたとか、ごちゃごちゃぶりが、そっくりだよ」と、
よろこんで、わらっていました。

そういえば、かいぬしは、けっきょく、へやのちいさいつくえのうえの、
めいさいがらの、ばすまっとは、ぼくがいきていたときに、
しいてくれたままにしておくことにしたそうです。
 「そのほうが、けっこう、かっこいいやん」といっています。

たしかにそうかもしれないけど、かいぬしは、さいきん、
ちょっと、かたづけにやるきをだしてたので、
「こいそ」なんとかさんの、えで、ちょうしにのって、
また、かたづけを、なまけるんじゃないかと、
ぼくはちょっと、しんぱいです。

かえりみちは、かいぬしも、こころによゆうができたのか、
わりこんでくる、くるまも、のんびり、わりこませてやって、
おちついて、ぶじに、かえってきました。
 ぼくたちも、それで、かえりは、おとなしくして、
まどから、はれたそらや、みどりのやまをながめて、
いいきぶんで、かえってきました。

「あとは、えいがと、おんせんかな。
でも、さしあたりは、とにかく、いえを、かたづけないと。
こんやは、やすくかえた、きのこがあるから、
あれを、ばたーで、いためてみよう」と、
かいぬしは、いっています。
 おさかなのかんづめも、あるはずだから、
そろそろ、あれも、あけてくれないかな。

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カツジ猫