ぼくと、こてんぶんがく(カツジ猫)
みなさん、こんばんわ
ぼくは、かいぬしが、でかけるときや、かえってきたとき、
にわにでて、かなあみごしに、でむかえや、みおくりを、します。
かいぬしは、じかんがあるときは、ぼくのまえにきて、
「いってくるよ」とか、「ただいま」とかいいます。
ぼくは、かなあみのあいだから、てをだして、
かいぬしは、それにさわったり、つかまえようとしたりします。
「うまくつかまえて、おまえのてを、かなあみに、しばりつけたら、
かぶきの『かわしょう』の、『かみやじへえ』だね。
きがよわくて、ぼうりょくてきなのも、
そういえば、そっくりだよ」と、かいぬしは、いっています。
でも、ぼくはまだ、てを、つかまえられるような、へまは、しません。
かいぬしは、いま、だいがくで、「こくぶんがくし」を、おしえていて、
きょう、「げんじものがたり」のことをはなすのに、
「ひかるげんじは、はつこいのあいての、『ふじつぼ』を、わすれられなくて、
どっか、にているひとや、つながりのあるひとを、さがして、
いろんなおんなのひとと、つきあうけど、
けっきょく、まんぞくできない、ちょーかわいそうなひと。
あんなに、かなしいはなしはない」とせつめいしたそうです。
そして、「わたしも、だいすきだった『きゃらめる』というねこがしんだあと、
こえがにているとか、かおがにているとか、いろんなりゆうで、
つぎつぎに、ねこをなんびきも、ひろってしまった。
あのときに、『げんじものがたり』が、かんぜんにりかいできた」といって、
「ひかるげんじは、さいあいのあいてが、『むらさきのうえ』ということになってるけど、
ふじつぼとの、ひみつは、そのあいてにも、はなせていないし、
けっきょくは、むらさきのうえをいちばん、あいしているのに、
ふじつぼの、おもかげを、あいしているつもりにもなっていて、
そこも、めちゃくちゃ、すくえないはなしだ」と、せつめいしたそうです。
ぼくは、そのおはなしは、よんでないから、しらないけど、
きゃらめるさんが、ふじつぼなら、
ぼくは、むらさきのうえなんだな。
むらさきのうえって、かわいそうだなあ。