ぼくの、だいせんぱい(カツジ猫)
みなさん、こんばんわ
ぼくは、にかげつまえに、しんだのですが、
まだ、しごのせかいでは、しんまいです。

かいぬしは、いえのなかからすぐみえる、にわに、
おはかをつくって、うめてくれたけど、
もう、ぼくはじゆうに、であるけるから、
だいたいは、いきていたときとおなじように、
かいぬしのいえで、くらしています。
かいぬしには、みえないらしいけど。
いきているときには、ぼくにも、みえなかったけど、
しごのせかいでは、だいせんぱいの、
きいろとしろの、きゃらめるさんと、
くろねこの、あにゃんさんも、いっしょにこのいえにいて、
いっしょにあそんだり、ねむったりしています。
きゃらめるさんは、おおきくて、きれいで、
かんろくがあって、けんかもつよいです。
あにゃんさんは、おとなしくて、ひとがいいです。
きょうは、きゃらめるさんは、どこかにでかけて、
あさから、いませんでした。
たいくつなので、いえのなかを、みてまわりました。
いきていたときには、きょうみがなくて、
ちゃんとみなかったけど、
へやのなかには、ぼくいがいにも、たくさんのねこや、にんげんの、
いろんなしゃしんがかざってあります。
きゃらめるさんのしゃしんもあります。
あにゃんさんのは、ないので、「きみのはないの」ときいたら、
「あるんだけど、ぼくたちは、きょうだいさんびきが、みんなくろいこねこで、
くべつがつかないから、ぼくがみても、どれがぼくなのかわからない。
それで、さんびきのしゃしんは、うえのいえの、ぶつまに、あるんだよ」
といいました。
しゃしんのなかに、めちゃくちゃかわいい、こねこのしゃしんがあって、
「これはだれ」ときいたら、あにゃんさんが、
「きゃらめるさんだよ、ちいさいときの」といったので、
ぼくは、ぶっとびました。
「ものすごく、かわいいじゃないか」といったら、あにゃんさんは、
「そうだね。かいぬしのおともだちは、このしゃしんをみて、
このころに、あっていたら、ぜったいに、さらってしまうって、
いつも、いうらしいよ」といいました。

そのひとは、このしゃしんをみるたびに、
「まるで、おうじさまのよう」というそうです。

「そのころの、きゃらめるさんは、ほとんど、まっしろで、
うすーく、おれんじいろが、うかんでいて、
それも、すごくきれいだったらしいよ。
おおきくなるにつれて、おれんじいろが、こくなって、
『いまでは、ただの、あかねこです』とかいぬしは、
みなにいってたらしいけど」と、あにゃんさんはいいました。



ぼくも、「かおだけはいい」と、よくかいぬしにいわれてたけど、
かおだけでも、このしゃしんのきゃらめるさんには、まけます。
かいぬしが、べっどで、ぼくを、だきながら、
「いきているねこのなかでは、おまえがいちばんすきよ」と、
よくいっていたのは、きゃらめるさんがいちばんということだなと、
ぼくは、だんだんきづいて、くやしかったけど、
このしゃしんをみていると、しょうがないようなきになりました。
なんだか、ちょっと、さびしいです。
もう、いきていないのだから、
もうぼくは、かいぬしから、
「おまえが、いちばん」といわれることはないんだな。