ぼくは、また、びっくり(カツジ猫)
みなさん、こんばんわ
まいにち、どんどんあたたかくなるので、ぼくたちは、くさがのびて、
はながさいた、にわを、まいにち、かけまわって、あそんでいます。
いま、このうちに、いきている、ねこや、いぬは、いません。
にんげんのかいぬしが、ひとりで、すんでいます。
としをとっているし、いつしぬかもわからないから、
もう、どうぶつは、かわないんだって。
でも、かいぬしが、これまで、ここでかった、ねこや、いぬは、
いきもののめには、みえないだけで、いきていたときとおなじように、
かいぬしといっしょに、まいにちくらしています。
かいぬしがしんで、ぼくたちのことを、だれもおぼえていなくなったら、
ぼくたちは、ほんとうに、きえてしまうけど、
それまでは、むかしとおなじに、かいぬしのそばで、
あそんだり、ねむったり、いっしょにおでかけしたり、するんだよ。
ぼくは、しんだどうぶつたちのなかでは、いちばんのしんまいで、
きょねんのなつに、じゅうろくさいで、たいちょうをくずして、しにました。
かいぬしは、まいとし、ぼくのためにたてていた、ちいさいこいのぼりを、
ことしもたてようかどうしようかと、まよっています。
まあ、ぶつくさいいながら、ことしも、たてるんだろうなと、おもいます。
いきていたときとちがって、いまのぼくは、じゆうに、いえのそとも、
ちかくのもりも、あるきまわれるから、
おもてのみちから、よくみえる、いえのしょうめんに、
こいのぼりを、たててくれてもいいんだけどな。
それともうすぐ、「ははのひ」もくるけど、かいぬしは、
もうかなりまえに、しんだ、おかあさんに、なにをそなえようかと、
それも、なやんでいるみたいです。
「だってさ、たぶん、まいとし、かーねーしょんを、かって、
かざって、それですましてたような、きがするんだよね。
それで、おまえも、あのはなの、とんがったはっぱにすりついたり、
かじったりして、あのはながすきになって、
いまも、つきめいにちには、いろんないろのを、
かざってやったりしてるでしょ」と、かいぬしは、みえないはずのぼくに、
けはいをかんじるのか、はなしかけてきます。
「だけどさ、きょねんあたりから、いえのまえの、おおきなはちに、
いつからか、うえていた、まっかなかーねーしょんが、
えらく、いきおいがよくて、ふたつのはちのどっちも、
いっぱいに、つぼみがついてるのよ。
うちのにわは、なんでなのか、ももも、つつじも、なにもかも、
よそより、すこしおくれて、さくんだけど、
あのかーねーしょんだけは、こんかいは、ははのひあたりに、
ちょうど、まんかいになりそうなきがする。
だったら、わざわざ、きりばなをかわなくてもねえ。
いろんないろのをかってきてもいいけど、せっかくがんばって、
うちでさいたはなを、しゅやくにしてやりたいしさ。
でも、そうしたら、ほかになにかしないと、いけないだろうか」と、
まいにち、あたまをひねっています。
「まあ、あのひとのすきだった、『みうらこういち』さんの、うたでも、
いちにち、ながしておけば、まんぞくではあろうけれど、
ほんとにそれだけで、いいのかな」と、いっていました。
「へいわうんどうとか、ねっしんにしてたから、
どうせ、けんぽうをまもる、しゅうかいとかあるだろうから、
それにでていったら、くようになるかな」とか、いってたけど、
このまえ、にわでころんで、あしをいためたりしたみたいだし、
むちゃして、からだを、こわすなよ。
それから、ぼくの、つきめいにちも、そろそろだから、
おさしみを、そなえるのも、わすれないでほしい。
それよりも、じつは、たいへんなことがありました。
かいぬしは、あしをいためて、「あんせいだいいち」とかいって、
わりとまいにち、べっどで、ごろごろしていたので、
ぼくもつきあって、いきてたときに、かいぬしが、ぐあいがわるいときに、
いつも、そうしてやってたように、まくらもとに、くっついて、
ねてやっていました。
かいぬしは、そんなとき、ぼくのしっぽをつかんだまま、
ねむるのがすきでした。
もう、かいぬしには、ぼくもしっぽも、みえないから、
つかめないのが、かわいそうだけど、きぶんだけでもとおもって、
しっぽをおでこに、のせてやったりしていました。
そうしたら、あるひのあさ、めをあけたら、かいぬしは、
もうおきていて、べっどにいなくて、
かわりに、みたことのない、しろいねこが、
ぼくに、くっついて、ねていました。
びっくりして、おもわず、とびのいて、しゃああと、おどかしたら、
しろねこは、うすめをあけて、「おや、すまんのう」と、いいました。
ぼくが、べっどのしたから、にらんでいると、しろねこは、
「あんちゃんや、わしは、もうひとねむりするから、きにせんでいいよ」
といって、また、ねてしまいました。
いってることは、としよりっぽいけど、じっとかんさつすると、
そんなに、としでもなさそうだし、しろねこといっても、
ときどき、にわにくる「しるばー」さんのように、ぜんぶがまっしろじゃなく、
はなのあたりは、くろっぽくて、「しゃむねこ」みたいでした。
ぼくが、あっちこっちから、しろねこを、みて、
どうしようかとかんがえていると、にわからもどってきた、
せんぱいねこの、きゃらめるさんが、それをみて、
「あれ、みるくが、きてるのか」といいました。
「みるくって、きゃらめるさんの、きょうだいだよね」と、
ぼくがきいたら、きゃらめるさんは、「そうさ」といって、
べっどにとびあがって、しろねこのみみを、なめました。
しろねこは、ううとか、ああとか、きもちよさそうなこえをだして、
ねたままで、おきませんでした。
「じゃ、おなじとしなの。おじいさんみたいな、はなしかただったよ」と、
ぼくがいうと、きゃらめるさんは、「おれだって、やだよ、こんなのは。
むかしは、こうじゃなかったんだが」と、ぼやきました。
「なにしに、きたんだろう」と、ぼくがいうと、きゃらめるさんは、
「ここで、くらすきかもしれんな。まあ、きにすんな」といいました。
きにすんなったってさあ。
ぼくが、ふくざつなかおをしていると、きゃらめるさんは、
「ほっとけば、ずっと、ねてるだけだから、じゃまにはならないさ」だって。
しゃむねこっぽい、しろねこの、みるくさんは、ほんとうに、
それから、ずっといえにいます。
ねてばっかりで、おきてるときも、なんだかぼんやりして、
でも、しあわせっちゃあ、しあわせそうです。
くろねこの、あにゃんさんは、べつに、きにしてないようだし、
おもやにいる、ほかのねこや、いぬたちも、へいきでいます。
みるくさんは、きゃらめるさんのことは、わかるみたいだけど、
ほかのねこたちのくべつは、あんまりついてないみたいで、
ぼくや、あにゃんさんには「あんちゃんや」とか、
「おわかいの」とかしかいいません。
きゃらめるさんも、ときどき、
「おい、みるく。おれ、きゃらめるな」と、ねんをおしています。
「ああ、そうだった」とか「わかっとるよ」とか、
みるくさんは、おこったふうもなく、こたえています。
べつに、こまることも、いやなこともないんだけど、
なんだか、あたまが、ぐちゃぐちゃになりそう。
なにかきこうと、みるくさんにはなしかけても、すぐ、ねてしまうし。
そして、よる、ねるときに、かいぬしに、くっついているから、
それも、ちょっと、じゃまです。
ぼくが、かいぬしのかおに、しっぽをのせにくいじゃないか。
そうかといって、はなしかたは、おじいさんだけど、
けっこう、からだつきは、まだわかいから、
きゃらめるさんの、きょうだいだし、けんかはつよいかもしれないし、
どうしたらいいのか、わからないから、いらいらします。
ほんとうに、しんでからも、いろいろ、なやみは、つきないなあ。
