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むし暑い一日に。

◇私はカツジ猫用のこいのぼりを、まだ片づけずにいるのですが、近くのアパートのベランダにも、まだいくつかこいのぼりが泳いでいるので、何となく心強いです。
田舎から持って帰った、わらで編んだかごは、カツジはあまりお気に召さなかったようで、放っています。まあ、あまりに古くて汚かったので、いやだったのかな。ぜいたくなやつ。

◇国会では集団的自衛権の関係法案いわゆる「戦争立法」が審議に入っていて、なんかでも、腹が立つというかムカつくというか、やる気にならないのは、そもそもの集団的自衛権を審議もせずに閣議決定という、とんでもない決め方をしておいて、そのことをそしらぬ顔で、関連法案を話し合おうとする、このやり方です。

だいたい、原発関係の裁判でも、安全性や基準がどうたらこうたらを議論すること自体が私には問題外で、基準がどんなに厳しかろうと、それをクリアしていようと、そんなことは問題じゃない、廃棄物のことだけとっても、あらゆる原発はもう即時廃炉するしかない。それを安全性の問題にすりかえてる時点で、話は横すべりして、詐欺師の術中にはまってるとしか思えない。
ついでに言うと安部首相が演説の中でお詫びをするか、どういう文言を口にするかしないかが話題になってるのも、とことんうんざりして、あの人がお詫びとか反省とかまるで考えてないのが、これだけはっきりわかっていて、何を口にするかを問題にするのも、これまた虚しい。問題はそんなことではないでしょうに。

…というのと同じ「だまされた」感を、国会の戦争法案審議にもつくづく感じます。
言ってみりゃ、強盗に入ってレイプした犯人に、入る時に靴を脱ぎましたかとか追求してるような、アホらしさ。まったく問題にならないことを、問題にすることで、その手前や、その先の大きな問題を、全部なかったことにしてしまうみえみえの、堂々の、横紙破り。

◇首相の会見も、例によって「これで何も変わるわけではありません」みたいな話の一点張り。この人いつもそうですね。まったくことばに誠実さがないし真剣さがない。
いったい彼が何をしたいのか私はいつも疑問ですが、何か首相としてこれまで誰もやらなかった大きなことをして名を残したいみたいな功名心はかいまみえます。しかし、それなら改憲にしても何にしても、真剣に敵や大衆に呼びかけ、議論をまきおこし、説得し論破し、自分の意見を通すのが当然で、それをしないで、こそこそとずるずると人に知られないように事実がわからないようにやってのけたところで、それが何の功績になるの。ならんですよ。

たとえばリンカーンが奴隷解放した時に、「皆さん、心配しないで下さい、こんな法律作ったからって、ご家庭での奴隷の地位は変わりません。世の中は何も変わりません。安心して下さい」とか言いますか? 今の安倍首相の言うことすることは、それと同じくらい信じられないほど政治家として人間として、問題外の態度ですよ。もうすべてが。

そして、「前の安保改定のときも反対の声は大きかったけど、結局平和は守られたでしょうが」って、またくりかえしてるとこを見ると、この人確信犯というか、本当にそう思ってるんですね。戦後の平和は、それを望み、それが崩されそうになるたびに激しく抗議してくいとめた人たち、それによって起こった議論や討論による国民の関心の深まりによって、かろうじて守られて来たのでしょうに。
街でも村でも家庭でも学校でも、上からの方針に疑問を抱き、反対し、訂正する人がいたからこそ、守られてきたものがどれだけあるか、この首相はまったく考えていないし、感じてもいない。自分の見えないところで努力している人や苦労している人の存在がまったく見えず、上からの方針だけで世の中は動いていると感じている。だから、それに異を唱える人は、ただ邪魔でやっかいなだけ。何の役にも立たないと、心の底から思っている。
権力を持つ人としては、最低最悪の資質ですね。

この人が今何よりも期待しているのは、国民の無気力と無感動です。そういう国民しか支配できないから、そういう国民にしか魅力を感じないんでしょう。自分を凌駕する存在はいやだけど、自分が人を凌駕するほど努力する気はないんでしょう。わかりすぎてて、それも面白くない。
まだいろいろと書きたいことはありますが、時間がないので、このへんで。

◇庭にはいつの間にか、ユリが高く伸びて、今にも花をつけそうです。

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カツジ猫