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もうもう

◎タイトルは牛の鳴き声でもなければ、大阪市長の奇怪な弁明のくり返しに、もう見たくもないという意味でもなく、猫のカツジの毛の話です。

この数日、衣更えが近いからだか、やけに毛が抜け出して、ブラシでなく、手の指ですいても、わさわさと毛がとれる始末。
本人?は気持ちいいのかいやなのか、ブラッシングされるとノドを鳴らすわ目を細めるわ、うなるわ噛みつくわ、ありとあらゆる反応をしています。
私も要領はわかっているのですが、何かのはずみに彼の両前脚にかぱっと腕をつかまれてしまうと、もう必殺の体勢で、めったやたらに噛まれます。久々に血が流れるほど、ひっかかれました。
それでも、あまりに毛が取れるので、面白くってやめられない。

◎森為泰の「歌日記」の複写がやっと届きました。中身は紀行あり歌集あり日記あり雑記ありで、いちだんと整理に手こずりそうです。
今これに関わっている余裕はないのですが、とにかく所定の箱に入れて、仕事の合間に読むことにします。ナンバーが打ってないので、早く打たないと、何かでばらばらになったら、ちょっともう復元不能。恐い恐い。

◎大阪市長の慰安婦問題についての会見は、あまりすっきりと誤解をとくということにはならなかったようですね。当然ながら。
ここ数日、さまざまな人の発言や、新聞の投書欄では、あの発言への批判があいついでいますが、そのほとんどすべてが、市長が「そんなつもりで言ったのではない」と言っている内容への批判なのに、少々複雑な思いがしています。

「そんなつもりで言ったのではない」のなら、どんなつもりで言ったのかは、あの発言だけ見ても、それ以前の市長の発言や行動から見ても、まったく意味不明になりかねないので、誰もが「誤解」と言われた読み方で読んでいるのは、それなりに正しい対応のような気もします。

その一方で、たとえ支離滅裂の噴飯物の弁明でも、一応「誤解」と言っているのなら、それに沿って、それも含めて反論するのが本当は正しいのだろうと思うのですが・・・この市長の場合、皆がもう、そんなレトリックやロジックにいいかげん愛想がつきて、嫌気がさしたんでしょうね。

しかし、これはこれでもいいとして、これが定着して、誤解された発言の真意をちゃんと訂正することが、今後ろくに相手にされなくなるのもいやですねえ。
本当にこの市長は、あらゆる意味でことばを傷つけ、冒涜し、価値を引き下げる人だと思います。
長い長い弁明の文章は、意気地のない腰くだけと小賢しいごまかしとカラ元気の開き直りに満ちていて、読んでいると次第に胸が悪くなりました。

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カツジ猫