カルテはいらん
修理に出していた車がめでたく帰って来た。クルマ屋さんは土曜から電話してくれていたのだが、私がつかまらなかったらしい。どこも悪いところはなかったそうで、いきなり動かなくなったのは、最近の車には時にあることで(そうなの?)、心配はないということだった。腕がいい人だから、信じて心配しないことにする。
しかも「お金はいらない。何もしてないから」と言って下さって、ありがたすぎて信じられない。最近、突発的な不幸と、思いがけない救い主が交互にあらわれるのは、どういうことなんだろう。
ちょっとびくびくしながらも、気をよくして、たまった洗濯物を片づけ、冷蔵庫の中身を一気に料理する。グリーンピースと人参とじゃがいもをバタで煮てサラダにしたら、最高にうまかった。じゃがいもは芽が出まくりの古いのもあったけど、皮をむいたらまっ白にきれいで感動。長持ちする野菜っていいなあ。
ネットでは自民党の大勝について、不安や反感を感じる記事と、その現実を受け入れようとする記事がごちゃまぜで、ほとんど毎日押したり引いたりをくり返している。その中で、敗北した大物の野党議員が議員宿舎を去るにあたって、妙に感傷的になっているようなのが気に入らない。そんなもの、いつでも出る覚悟をしていなくて何とする。今回の選挙でひとつわかったのは、まあ前回の自民党の不振もそうだったが、世の中何でもありということで、じゃ、これからも何があってもふしぎじゃないということじゃないのか。それを前向きにとらえなくってどうするのだ。
首相も首相で、このごろYahooのニュースでは、たてつづけに、腕の具合やリューマチが悪くてどういう治療をしたかみたいな記事ばっかりで、これもまったくうんざりする。首相のカルテなんか見せてもらったってどうしろってんだ。まだしも改憲をやりたがってるという記事の方が、ためになる。まったくもう、私が首相の心配をしなくちゃならない義理なんか、あらゆる意味でさらさらないが、こんなに病状や腕の具合を強調されると、それを理由に首脳会談をドタキャンし、議論や質問を避けたと責められるのが、よっぽどまずくて恐いから、いまだに言い訳の上塗りしてないと心配なんだなと思われてもしかたがないとか考えないのか。いいかげんに誰かそう注意してやれよ。
そもそも誰かがXで前にちらっと言ってたけど、こんなに身体の不調を宣伝して、それで人気が上がるってのも、おかしかないか。前に大統領の選挙で、ヒラリー候補がちょっと風邪引くかどうかしたら、そんなヒヨワな人に国の指導者はまかされないとトランプ側が大攻撃して、ヒラリー落選の要因の一つになったんじゃなかったっけ。それもどうかと思うけど、まだその方が、まともな気もする。
以下はただ単に私の、超個人的な趣味とくだ巻きなので、あんまり真剣に読まないでほしいのだが、そもそも私は、ほんと唐突だが、車の後ろに「赤ちゃんが乗ってます」と表示を出して走ってる人たちの気分が全然わからなくて、嫌いとか腹立つとか言うより、もうわけがわからない。なぜかというと、それは、どんな車が走ってるかわからない、いわば戦場の中で、こっちの弱みをさらして走ってどうすんだって感覚だ。自分の家に「一人ぐらしです」「独身女性です」「土曜は毎週留守にします」ってデカデカ貼り紙してるのと同じに見えちゃうんですが、ちがいますかね。
同様に、これもほんとにただの好みだが、闘病記や介護記のたぐいが、子どもの頃からちっとも好きじゃない。まあ恐いからかもしれないが、ちがうかもしれない。やせがまんもつっぱりもしてる気はないが、自分では今現在の弱みや苦しみを人に見せるのは、何よりも不用心だという感覚が先に来る。
数年前に大病をして、その後遺症か単に老衰かはわからないが、毎日歩くのもよろよろ、入浴や食事のあとはバテて一時間近く横になってなきゃならなくて、生きてるか死んでるかわからない日も時々ある。それでも面白いことも楽しいことも多いし、だいたいしなくちゃならないことも多すぎるから、無理をしてるのでは全然ないが、ブログにはそんな体調のことなんか書かない。
そうしたら「だって楽しそうなんだもーん」などと脳天気な感想を持って下さる方もいて、下痢と吐き気でベッドでのたうちまわりながら、そんなコメントを読むと、これまた腹が立つとかよりも、あんたそんなんで、ちゃんと周囲とやっていけてるのかと、いらん心配をしたくなる。少なくとも、たかがブログの記事で、人の生活のすべてを把握してると信じて疑わないのは、かなりこれも不用心なのではあるまいか。
こんなの私だけじゃなくて、皆それぞれの苦労や心労や悲惨を人目に見せないで生きてるのかもしれないし、見せてる人も、それなりの配慮や計算や脚色はちゃんとしてると思うのですよ。そういうことのいろいろを考えると、ますます首相の病状報告はしょうもなく見えてしょうがない(笑)。
