1. TOP
  2. 岬のたき火
  3. 日記
  4. ホワイトクリスマス

ホワイトクリスマス

雪も降らないことだから、せめて今年のクリスマスの花は白で固めることにして、トルコ桔梗やカーネーションやストックの白いのばかりを花屋さんで買いあさって飾った。まあいいんではないのかい。ユリ一本より、きっと安く上がってるし(笑)。

明日はめっぽう寒いようだし、体調もいまいちなので、町の美容院に行くのはあきらめて、寝正月ならぬ寝クリスマスを延長することにした。私が行くお店の美容師さんはカットがうまいので、伸び放題でも何とか見られる髪型になっていて、まあ正月もこれで行けそうだ。

てなわけで、でれっとテレビを見ていたら、田中真紀子氏や橋下徹氏が登場して高市政権の批評をしていた。まったく私の気のせいかもしれないが、このごろテレビのワイドショーとか見ていると、マスメディアが自分たちが持ち上げて、というかまったく批判できないで、支持率がうなぎ上りになっている首相と政権に対して、何とか必死でそれとなく批判したいという、悲鳴に似たものを感じることがある。そりゃそうだろうよ。旧アベ政権で一番目についたのはマスメディアへの統制と金にあかせた宣伝だった。それであれだけ長期化したようなものだ。あの政権を引き継ぐのだから、どうせまた同じことをして、統制と金にまかせた宣伝で報道をがんじがらめにしているのにちがいない。

田中真紀子氏は用心深く毒舌はつつしんでいたが、言うことはしっかり言っていた。橋下氏ともども、首相の台湾有事発言はうっかりで軽率ということでは一致していて、ただ橋下氏は、その本音はいいのだが、「今戦争をしても中国に勝てるわけはないのだから、口にすることではない、時期が悪い」と、まあそこは私と似たようなことを言っていた(笑)。そこだけはね。

田中氏は高市首相は「夕ご飯に何を買おうか今夜は何のおかずを作ろうかと思ってる主婦のような人が、そのまま政治家になったような人」で世界を相手に何か考えたりする力はまったくない人だというようなことを言っていて、これはまったく私と同じ感覚だったし、正確な評価だと思う。そして、今の政権には何も期待するところはないと言っていた。特に物価対策では、橋下氏もそうだが、何をやりたいかが、まったく見えないと言っていて、それも私は同感だ。

乱暴なことを言ってしまうと、アベ元首相もそうだったが、支持率を維持し人気を維持することに最大限の金と能力をぶちこんでいるから、他のことをしたり考えたりする余裕ってきっと全然ないんじゃないのか、あの政権は。

ところでこのホームペーシを見直していたら、ずっと以前にむなかた九条の会で主催した講演会で、この近くの炭鉱で中国人の労働者がどんな扱いを受けていたかを調査していた方の話が見つかった。昨今はやりの雑なデマ演説ではない、詳細な検証による、戦時中の実態を、ぜひ知ってほしいと思い、リンクしておく。当日のフロアからの発言の数々も、当時の実態を証明するだろう。現在の中国にはいろいろ問題があるが、私がくり返し言って来たように、このような事実が私たちのすぐそばにも山ほど存在し、中国の現地でも行われていただろうことは、「なぜ今、中国はここまで日本を目の敵にするのか」とワイドショーや国民が、どうやら本気で不思議がっている疑問に、ひとつのというか根本の回答となるだろう。

講演のタイトルは「かつて日本は中国で何をしたのか」です。

あ、そしてYahooその他のニュースを見てたら、田中氏や橋下氏の討論の肝心のとこは何も報道せず、しょうもない小さなやりとりだけで、お茶を濁してる。あいかわらずだが、あまりに何も伝えようという気のなさがものすごい。

夜もでれでれテレビを見てたら、昭和にあって今消えたものを思い出す特集をやってて、まあいろいろ面白かったのだが、自動車学校が、今は教官がとても優しくていねいになっていて、決して怒らずほめまくって教える、という話があって、実際に何をしても、ひたすら前向きにほめちぎるという映像を見せられて、転げ回って笑ってしまった。何でも今は免許を取る若者も減って来て、自動車学校の存立のためにもそうするしかないらしいが、たしかに昔とは雲泥の差だ。

私の時の教官は、別に理不尽な人も乱暴な人もいなかったが、愛想のない厳しい人もいることはいた。私の同僚の大先生は、穏やかで明るいむしろ大学教授としては腰の低い人だったが、気骨もある方で、自動車学校での教官の態度に頭にきて、コースの途中で車から降りて帰ってしまい、後に自動車学校のえらい人が家にお詫びに来ても、そのまま退学して、とうとう免許を持たないまま過ごしておられた。若い学生で、怒られるのがつらくて、自動車学校の迎えの車が来ると、目にじわっと涙がにじむと言ってた人もいたっけ。それを思うと、時代も変わるものではある。

同じように紹介されてた、学校での体罰や部活でのスパルタ教育が死語になりつつあるのは大歓迎だし、まあこれもいいことなのだろうが、何となく訪問販売やなんかに共通するような、すべすべした居心地の悪さや気味悪さも感じないではない。やろうと思えばやれるんじゃん、という気持ちも少しあるのかもしれない。フェミニズムが定着するにつれて、職場の男性たちの一部が、それまでの発言や行動をいっせいに慎みだしたときの、あの無力感と失望。そんな世の中の動きぐらいで、かんたんに直せちまうようなことで、私を日夜傷つけていたんかい、あんたの骨身にからみついてそこ変えたら死んでしまうようなDNAの一部かと思ってこっちは失礼な言い草やしぐさの数々をがまんしておいてやったのにさ、という苦々しい軽蔑。そういう流れのままに変化した男性たちを、別に態度も変えなかったけど、私は二度と尊敬はできなかった。

Twitter Facebook
カツジ猫