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レジ袋(3、これでおしまい)

最後はちょっとしょうもない余談です。

もちろん、料理や洗濯や掃除など、女性が行うのが普通だった家事が男性のそれと同様に商品化されている状況は、まだまだまったく十分ではない。
わかりやすい話で言うと、たとえばプロ野球選手が結婚したら、それで栄養ある食事が取れて生活も安定するだろうという定理が当然のようにネットやワイドショーで報道される。こういった女性問題に関する見解や発言を、細かく拾ってくれるKumikoさんのツイログで紹介されていたのだったと思うが、「なぜ、経済的に余裕のあるプロ野球選手が、栄養や健康管理を奥さんの仕事にするのだろう。栄養士を雇って食生活を管理してもらう方がずっといいだろうに」というどなたかの発言を見たときは、まったくだと思う一方、マスメディアの報道のしかた(すなわち一般常識でもある)との、あまりのその乖離に、妙に吐息が出たものだった。

よその球団ではどうだか知らぬが、ここ福岡はソフトバンクホークスの本拠地だから、若い選手たちのしょうもない発言もけっこうちょこちょこ地元のワイドショーなどで紹介される。先のような意見を読んだ少し後で、高橋礼投手がインタビューで今年の目標を聞かれて、「彼女を作ること」と言ったのはまあいいとして、「だって寮を出て一人暮らしをはじめたら、食事とか掃除とかがもう大変で」と、いとも無邪気に言ったときは、思わず、わー、何と正直な、絶対誰かから怒られるぞと、見ていたこっちがあたふたした。しかし、誰も怒らないと、それもそれでちょっとなあとも思った(笑)。
それからしばらくして、ファンの誰かが、「礼くん、とりあえずお母さん呼んでいっしょに住んでもらおうか」みたいなコメントを書きこんでいたのを見て、あーやれやれ最近の女性ファンたちはセンスいいし優しいし、しっかりしてるわと、何となく安心したものだ。

ちまたの噂では、高橋投手がそんな目標を掲げたのは、同じ時期に寮を出て一人暮らしを始めた、仲の良い周東佑京選手が最近結婚したので、結婚前にその彼女を見てうらやましくなったのだろうという推測もある。周東選手も同じ頃に「早く結婚したい」と発言していたが、彼はその理由を「自分はしっかりしていないから」と言っていて、本心は知らないが高橋投手ほど無防備な言い方ではなかった(笑)。

彼の結婚は当然ネットでも話題になって、「夫が朝から、ショック?と何度も聞いてくる」「彼氏がラインで、ショック?ショック?と言ってくる」「妻はまだ知らない。教えてやりたいが反応が恐いので、よそから聞くまで待つことにした」「娘は朝から大泣きです」などのファンの声がYahooのコメント欄に並んでいて、私はたいがい笑わせてもらったが、ファンサイトで熱心なファンの高校生が「息子が結婚したようにうれしい」と心から喜んでいたのにもどうなってるんだと思いつつ感銘を受けた。

周東選手の結婚相手は、六歳年上で、それも話題にはなったが最近では珍しいことでもなさそうで、いつものように料理上手でこれで生活も安定し成績も上がるだろうなどなど、お決まりの文章の同じような記事がしばらくあちこちで見られた。私は半世紀以上も前の、アメリカの大リーガーたちを描いた、リング・ラードナーのコミカルな野球小説では、結婚や奥さんを、このように料理をして健康管理をしてくれる献身的なサポーターみたいな存在として描く書き方は決してなかったよなあと、あらためて彼我の歴史や文化の差を思いながら、まあそう腹を立てる気もしないほど、この現状はあきらめていた。

ところがまあ、ささいなことに目くじらたててと、また言われそうだが、数日前にファンサイトで、周東選手が「結婚していっしょにいて、いいことって何ですか」と聞かれて、「何だろう? いつも怒られてばっかりだから。帰ってゲームをしていたら、洗濯物干すのをたまには手伝えとか言われる」と答えていたので、えっと驚いた。
もちろん、妻としては映画「電車男」の佐々木蔵之介と木村多江の演じた夫妻(同じ家の中の別々の部屋でネットに夢中になり会話もない)のようにはなりたくないとか、もっとかわいく単純に洗濯物干しながら話をしたいとかいうこともあるだろうが、とっさに何と立派な奥さんだろうとしんそこ思った。それをぬけぬけしゃべるご本人も、まあ高橋投手をはじめとした同年齢の若手への気遣いもあるのかもしれないが、あっさりテレビ局の期待を裏切る発言をするあたり、これまたなかなか立派なものだ。

後になるほど気になりだしたのは、この発言が、Yahooのニュースでもその他でも、まったく取り上げられていなかったことだ。これだけはっきり本人が「家事を手伝わないと怒られる」と明言しているのに、それを完璧に黙殺して、料理上手の献身的な奥様像だけをせっせせっせとくり返し伝える報道は、ちっとも魅力的でないし、現実の実態にさえおいて行かれているじゃないか。

悪気とか意図的とか言うより前に、夫に家事をさせる妻や、それに従う夫を、幸福で愛らしく魅力的な家庭の姿として書くスタイルを、報道関係者はまだ身につけても、手に入れてもいないのだろう。奥田英朗の「家日和」をはじめとした小説なんかでは、もうそういう夫婦が少しは登場しているんだけどな。早くそういう新しい文体を作って行ってほしいよ。ちゃんと現実の社会を反映させるような。

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カツジ猫