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伝統文化ということなら

◎じゅうばこさん、ゆきうさぎさん

よく行くブログで紹介されていた、こんな記事を見つけましたよ。国文学者の田中優子さんのインタビューで大変勉強になります。憲法に関する部分も含めて、おおむね私と同意見です。ぜひ皆さんに読んでいただきたいですね。

http://www.magazine9.jp/interv/tanaka/

◎ついでにと言っては何ですが、こんなブログも見つけました。
これは正月からの年賀状騒ぎで、つい「年賀状 いらない」などで検索していたら、ひっかかって来たブログです。
このイラストも傑作ですが、少し前の「おもてなし」というイラストもたいがい笑いました。

http://bunkasaikibun.hamazo.tv/e5008152.html

◎これもどこかで読んだのですが、安倍首相の名前の「アベ」の表記がいろいろあるのでまちがいそうだったが、「不安倍増」と覚えてからまちがわなくなった、という話にも吹き出しました。
首相や閣僚は不本意でしょうが、上に立つ人や強い立場の人は、このくらいおちょくられるのは勲章のようなものと思ってほしいですね。ヒステリックにならないで。

◎話が行ったり来たりしますが、「年賀状」で検索していると、子どもの写真、特に子どもの写真だけの年賀状は不快で、もらいたくないという意見が多いですねえ。
驚きましたよ。私はそれは全然気にならない。
幸せを見せびらかしているようだ、との意見もありましたが、私はそもそも、人が幸せでいると安心しますのでね。家族で新居の前に立ってにこにこしている写真だの、子どもがドレス着て発表会で演奏してる写真だの、新婚旅行でハワイかグァムかではじけてる写真だの、どれも大好きです。

だいたい、私をうらやましがらせるような幸せを見せびらかせる人などいたら、実際、お目にかかりたい。大統領になったの億万長者になったの絶世の美男もしくは美女を手に入れたのノーベル賞とったのアカデミー賞とったの、たかがそんな程度のことで私がうらやましがったりするわけがないでしょうが。
それに、じゅうばこさんともよく話すんですが、この世で最も無害なのは、自分の幸福に酔いしれて満足している人ですよ。新居やトロフィーや家族やペットをうれしそうに見せびらかす人なんて、本当に一番罪がないし害がない。
もし、それで他人を傷つけたり害を与えたりできる人というのは、多分、その家にも家族にも自分にもちっとも満足してないし不幸なんですよ。

いやもう、ネットでその手の悩みを読んでいると、ほとほと情けなくなって来ます。友人知人や親族にうらやまれたりねたまれたりするのが恐いから、傷つけそうで心配だから、子どもや家族や新居の写真を送れないなどと、いったいどういう、けちくさい国なんですか。
私も「持てる者」「うらやまれる者」の恐さは少しは知っていますが、用心したくなる気持ちもわからないではないですが、それにしても、たかが数人子ども持って、その子が有名大学に入って、家買って、配偶者が出世して、まったくもう、その程度で、人を傷つけるかもしれないから隠さなければと思うなどと、どうやって思えるのでしょう、「その程度」の幸福を隠すこと自体が、情けないし、恥ずかしい。まあ、そういう世の中が、と言ってもいいのですが、もちろん。

だから、幸せを見せびらかしている年賀状は私は大歓迎ですよ。特に自分が上司だったり教師だったりした時に、就職できたり昇任できたり結婚したり出産したりした人たちが、その後どんどん出世したり幸せになったりしているのを見ると、幻想に決まっていますが、私が福の神だったようで、ついほくほくしてしまう。バカですねえ。(笑)

もちろん離婚したり転職したり入院したり家族の誰かが亡くなったりした知らせもあって、でもそれはそれで、よく決断したなあ、がんばったなあ、パワーがあるなあと感服するし応援したくなるし、それもまた新しいスタートでもあるわけで、数年したらまたそれなりの新しい生活の報告が来て、ものごとはちゃんと発展して行くのだし、皆がんばっているのだと実感する。

だから、もらって苦になる年賀状などないのですよ。ただもう、寄る年波で、こっちがそういう楽しみを味わうパワーや時間がなくなってきただけです。
したがって、お断りするのは残念だし苦になるし淋しくもある。それでも悩んだあげく、お断りしている。その、こちらの決断と言ってみれば苦渋の選択をあっさり無視してしまわれるから、私は激怒するのです。

◎ぽかぽか陽気が続いてうれしかったのですが、週末はうってかわって寒くなるそうです。皆さん、お身体に気をつけて下さい。

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カツジ猫