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奇々怪々

昨日、旅のお土産を持って行った先で、りっぱな大きな大根をもらった、浮かれてさっそく、ぶり大根を作った。うますぎて、一気に食べてしまう。

「断捨離」シリーズの続きを紙本にする予定。その校正をするついでに、カツジ猫のタマシイがこのブログに書いてる雑文も、自費出版しようかと原稿ファイルを作っていたら、そこそこ完成してしまった。これも、ぼちぼちまとめて行かねば。で、気がつけば、市立美術館のエジプト展も終わりに近づき、愛猫キャラメルの命日も迫っており、確定申告も手をつけてない。ぎゃあああ。あせる。

高市首相は消費税廃止の手続きのために、超党派じゃなかった、気に入った党派と協力して国民会議を作りたいらしい。何とまあ、あれだけ当選議員が増えて、人手が足りんのか。対案を出せと、このごろよく野党に言う人がいるけれど、その前に、原案を出せよ。一応政権与党だろ。野党の質問はいらんと言ってるんだろ。それで国民会議とやらは作りたいのか。もう何かわけわからん。

これは趣味の問題かもしれないけど、私はいろんな会議のときに、発言する前に隣りの人と、まずは、こちょこちょ話してから、手を上げて、全体に向かって発言する人が、もう、こよなく嫌いでねえ。ひどい時には十人程度の内輪の会議でも、それやる人がいる。何でもう最初から全員に向かって自分の意見が言えないのか、さっぱりわからん。

まあ授業では私も、隣近所と話し合っていいから、と言って発言をうながすこともあるし、そもそもグループや班の少人数でまず話し合わせて、それを発表させるという授業形式も多いけど、どっちもどうかと実は思うのよね。少数意見や独自の見解が、そうする間に消えて行くような気がしてならない。声がとどくぐらいの人数には、なるべく誰もに同じの、原形の、ナマの声を聞かせる方が、ずっとましだと思うのだけど。
 何か、その気分にも似てる。国会審議や公開の場でも討論を避けまくって、気心の知れたどうしで、やりとりしないと安心できないって、ひよわすぎないか。

とにかく高市さんには反感や批判も多いが、それは上に立つ人には誰でもあることで、しょうがない。だが、これまでにはなかった、ある意味、指導者として画期的と思うのは、高市さんという人には「人の意見を聞かない」という以前に「自分の意見を言わない」という抗議をしなくちゃならないことだ。こんな政治家、見たことないし、そもそも存在するのがおかしい。何だか考えていると、妙に笑いたくなって困る。エッシャーのだまし絵を見てる気分になって来る。

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カツジ猫