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子ガニじゃあるまいし

※あちこちで梅や水仙が満開ですね。時々寒い日も有りますが春は確実にやって来て居ると感じます。

※キャラママさん

安倍首相の御友達はモモタではなくてヒャクタですよ。(笑)人前に出す様な代物では無いと言う点では同感ですが。
毎日新聞が首相の暴言ぶりに自民党内部からもさすがに反対の声が上がり始めて居ると言う報道をして居ました。当然の事かと思いますけれど、その記事の中に、首相がこれだけ暴走するのは結局は祖父の岸信介がA級戦犯になった不名誉を何とかすすぎたい、祖父の仇を取りたいという情熱が根幹にあるのだと言う分析がありました。

前からこういう事はちょくちょく言われて居ましたが、余りにも馬鹿馬鹿しくてまさかと取り合わなかったのですが、どうも確かに段々それしかないのかも知れないと言う気がして来て全く呆れる思いしか有りません。そんな個人的な怨念で一国の政治をすると言う事自体、幼児的すぎる感覚です。

老人ホームで呑気に暮して居る私の母は、今は昼間の事も夜は忘れて居る様な認知症で、其れでも日常の会話は楽しく出来ますし前向きで陽気な人です。
母の母、つまり私の祖母は明治生まれの上品で華奢で気骨のある女性でした。此の人が村の婦人会の会長をして居た時、大変にパワフルで敵も多い女性から攻撃されて会長の椅子を乗っ取られたか何かだったそうで、その女性は以後何十年も婦人会長として村の政治に君臨して居ました。

祖母も表面は淑やかでしたが気の強い人でしたから、家で話す時に其の女性の事は「あの○○が」と呼捨てにはして居ましたが、それほど怨念を抱いて居る様でもなく、まあもともと地元の村医者の奥様と言う事で会長にさせられたようなものじゃないかと思うので、辞めても心残りでもなかったのかも知れません。

祖母の失脚?から何十年も経って、私が高校か大学の頃、私たちの地域の婦人会の役員に母が推薦されました。他の人達は、祖母の時の事が有るから引受けてくれるだろうかと心配して居た様です。母は別に拘りもなく承知して、其の大ボスの会長の下で役員として仕事をしました。会長も遠慮があったのか、そう無茶も言わず母の任期は無事に終わった様です。会長もやがて退陣したと思います。まあどこにでもあるような村の歴史の一齣です。

でも母が役員を引受けた時、一部では母が祖母の仇を取るべく、色々と敵も多く問題も多い会長と対立するのではないか、むしろそうしてくれはしないかと期待する雰囲気もかなり有った様です。母は又様々な市民活動等もしていて、政治的な手腕や能力や人望も其れなりにある人でした。会長やその周辺はかなり緊張したのかも知れません。
その上に又、母は、上に逆らったり強いものに抵抗するのを全然恐がらないどころか、好きで得意な人でした。多分、祖母の件がなかったら、母は皆の期待通り何かと強硬な会長と対決し勝利(笑)したかも知れません。しかし母の中にはそれ以上に「親の意趣を子が返すような、みっともない事が出来るものか」という強固な美学が有った様です。
母は誰にも話さない内心を、子どもの私に何時も吐露して居ました。私は母のカウンセラーで告解師で日記帳でゴミ箱だったのかも知れません。そういう存在が自分に無いと言う点では些か母が羨ましくも有ります。(笑)

兎に角母は一度だけ私に、「皆はどうやら私が御祖母ちゃんの仇討ちをして○○を倒して欲しいと思ってるらしいけど」と、その事に関する自分の心情を語りました。私が今でも其れを覚えて居るのは母がこんな言い方をしたからです。「でも、私が御祖母ちゃんの代わりに○○と喧嘩するなんて、そんなあんた、子ガニじゃあるまいしさ」

子ガニですって。(笑)
今でも思い出すと笑えて来て困ります。童話の「さるかにがっせん」ですね。母は解説もしませんでしたが。
首相の「祖父の名誉を回復したい」情熱について聞く度に、私は本来なら気味悪い恐怖を感じるべきなのに、ただもう鼻で笑ってしまいたくなるのは「子ガニじゃあるまいし」と咄嗟に思ってしまうからでしょう。

母は一生何の肩書も持たなかったただの田舎のおばさんです。その知力や精神力やその他もろもろは私が会ったどんな一流の学者や政治家にも劣らないと私は感じて居ますけれど、あくまでも無名の平凡な女性です。そんな女でも「子ガニじゃあるまいし」と一蹴したみっともない図式を、拒絶する美学もプライドも持てない人間に、今私達が国の運命を任せて居るのだとしたら、これを自虐と言わないで何を自虐と言いますかねえ。

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カツジ猫