弁舌さわやか
統一教会の代表かなんかの会見を聞いたが、萩生田なんかもそうだけど、みょうに歯切れよく、ていねいで、一見心も血も通ってるようで、そのくせつるつる薄っぺらで、聞いててすごく気味が悪かった。そう言えば数日前に久しぶりに見たテレビで、コメンテーターやアナウンサーが岸田首相の悪口を言ってて、自民党からも支持がないとか言いながら、「でも代わりがいない」「野党は頼りにならない」と、実に無気力に明るく、へへへと他人事みたいに皆で笑っていて、本当に吐き気がした。少しでもよい方向を探ろうとか、状況をつかもうとかする姿勢がまるでない。とことん不勉強で無責任で、逃げで心がこもらない。皆たばねて、どっかのゴミ箱に突っこんでリサイクルしたくなった。これならラジオの方がまだ地に足がついていて、ましかもな。
あいかわらず、クマが出没している。この前、男性が襲われたニュースを聞くともなしに聞いてたら、その男性はしかけていたわなを見に行ったのだそうで、そのわなには子熊が二頭かかっていたと聞いて、そんなにわさわさイワシみたいに取れるのかとか、なんとも言いようのない気持ちになった。
私は猫が大好きで、ずっと飼って来たし、動物保護や愛護の署名や寄付にもできるだけ協力してきたのだが、近所の野良猫さんたちが、餌やりの方の避妊もトイレも世話しない結果、爆発的に増加して二十匹以上で群れをなして、ご近所一帯、庭を荒らして糞をされまくり、その対策に追われた結果、立派な愛護家の方が全頭保護して下さったおかげで、その被害からやっと解放された体験で、死ぬほど猫が嫌いになり、寄付も署名も動画閲覧もまったくできなくなったヘタレだ。まあいつまでもそうも言ってられないから、何かのかたちで保護して下さった方に協力したいと思いつつ、まだ果たせていない。
あの数年の体験で痛感したのは、ちゃんと配慮しない自己満足な餌やりは、とことん猫の敵を増やすということと、動物好きの猫好きのという気持ちなんて、実にもろく崩壊するのだなということだった。
そのくらいだから、安易にクマに同情や感情移入はしたくないし、できない。とは言うものの、襲ったクマは母親だったのだろうし、一家そろって全滅かと思うと何やらわびしい。ハマスとイスラエルじゃないが、何とか解決する手段は見つからないものなのだろうか。
そのハマスとイスラエルだが、ロシアとウクライナと同様、私の子どものころの世界史の把握では、正義や犠牲と同義語だった国々が、まったくそれとは異なる役割を果しているのが、時の流れの容赦の無さのようなものを感じてやりきれない。ロシア(ソ連)にしてもイスラエルにしても、先の大戦で、最も市民が殺されて多数の犠牲を払った国ではなかったか。それがどうしてこうなるのだ。
岸田首相がどさくさに紛れて、国を守り侵略を防ぐには防衛力の強化しかないと審議もしないで勝手に暴走し、国民も「たしかにそうだな」みたいな心境に一時なったかもしれないのを見ていると、こっちもおおざっぱにまとめて片づけるが、ウクライナとガザの状況から私たちが実感し学ぶべきことはただ一つ。「戦争ははじめたら最後、どっちが正しかろうと何だろうと、とにかく絶対やめられない」ってことですよ。得る教訓は、それに始まってそれに終わる。