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早手回し。

◇今年中に田舎の家を空にして、来年は本気で売却しようと管理してくれている不動産屋の友人と話していて、それじゃもしかしたら、クリスマスも正月も、この家ではこれで最後かなと思っていたら、先日スーパーで、どっか東北の方の、すごく立派でカッコいいしめ飾りが売ってあった。おーこれこれと思って、買って帰って、田舎の家のクローゼットに大事に保管していた。酉年だからトリのグッズもいろいろ飾って、昔の大きな三宝にでかい鏡餅とか載せて、最後の正月は思いきり華やかにしてやろうと思っていたら、このブログにも書いていたように老母の具合がぱっとせず、もしかしたら年が越せないんじゃないかと気になりはじめた。

100歳近い人だから年に不足はあるわけないし、若いころからなぜかおたがい別れるときには「もう会えないかもしれないからね」と手をふりあうのが常だった。愛したし憎んだしうんざりもしたし尊敬もしたし、たがいに思い残すこともそうあるわけでもない。今うんとはまって見ている「ディバイナー」という映画のDVDの中で、そりゃもう渋くカッコいいトルコの将軍が、盟友の部下の軍曹を戦いで死なせた直後に嘆くでもなく乾杯して「アッラーのおめぐみのおかげで、あんんなやつでも思ったよりは長生きをした」と言うのだが、何だかそれがしっくり来る。

◇ただそうなると私の年末の計画はクリスマスから年賀状からしめ飾りから、すべてでんぐり返るわけで、そもそも年末に葬式になったら、家の片づけどころではない。とは言え、気管支が傷ついてるとかで息をするのも苦しそうな母を見ていると、何とか松の内まで生きてくれなんて、こっちの都合のわがままを言う気にはとてもなれない。

まあ、できる準備はしておこうと喪服代わりに使っている黒いスーツを出してみたら、最近太ってスカートが入らない。あわてて近くのスーパーに行ったら、どうってことないフォーマルでも10万近い法外な値段がするのに目を回した。リフォームの店にスカートを持って行ったら、10センチぐらいは出せるというので一安心して頼み、葬儀は田舎の家の近くの同級生がやってる葬儀社にまかせればいいと思ったが、そう言えば棺の中に入れてやる服や写真も決めておかなくてはと気になりはじめた。

今日、田舎の家で探したら、母があちこち旅行に行ったアルバムが見つかり、いっしょに映っている人たちも皆もう亡くなっておられるから、これを入れてもいいだろうと、まあ他にもそういうのをいくつか探して、これで何とかと胸をなで下ろして帰ってきたら、母は少し熱が下がって食事も食べられるようになっていた。まだまだ安心はできないが、もしかしたらちゃんと復活するかもしれない。

◇不動産屋の友人に母のことを話すと、「高齢者の人はもうだめかと思っても、なかなか亡くならないものよ」と教えてくれた。「まあそれは本人が決めればいいんだけど、咳がひどくて苦しそうなのが見ていてかわいそうでねえ。延命措置とかいっさいしなくていいという契約をお医者さんとしたのは、こういう苦しみ方をしなくていいと思ったからなのに」と私がぼやくと彼女は、「死ぬ時って、わりと誰でも長いこと苦しむからね」と言い、私は「たしかに叔父も叔母も長いこと、やっぱり痰がからんで苦しそうだったし、あんなの見てると、もういっそ、あんまり年をとらない前に敵とさしちがえて死ぬ方がいいんじゃないかという気になる」と言った。そうしたら彼女は「いや、私の娘はそれでいつも、お母さん、ヤクザのとこに交渉に行く時は気をつけてよ、夜には行かないでよ、と心配してた」と言うので、そうか、不動産屋のような職業では、そういう局面もリアルにあるんだと感じ入った。仕事がら、部屋で亡くなった人の第一発見者になることも珍しくないそうで、いろんな体験談を話してくれた。ひょっとして、あれが母の精神を遠隔操作で活性化させたかな。

どっちみち、母ときた日には、13年前に亡くなった叔母が瀕死の状態のときに、川柳の会に出す作品で、「ただ一人の妹逝きて春の雨」とかいう句を作って、いいのができたと喜んでいて、私が「まだ死んでないじゃん」と怒ったら、へらへら笑ってた人なんだから、このくらいのこと私が書いたって罰はあたるまい。

◇しかしまあとにかく、母を放って田舎の家の片づけに行きながら、母がしぶとく生きていてくれるのが、何となく私を支えてくれてるようで、最後まで一番頼りになる戦友だったなあと痛感する。母だからというのではなく、一人の人間として最高の同志だったし、これまでもこれからも、もう二度とこんな仲間は持てそうにない。不満はない。一人持てただけでも、とんでもないほど私は幸運だったと本気で思う。

とは言うものの、喪服やしめ飾りやあれやこれやを見比べて、つくづく私の年末年始はどうなることかと気が気ではない。いろんなことを早手回しにしすぎるのもかえって考え物である。ちなみに灰色猫のグレイスも一応まだ元気だし。

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カツジ猫