明日は父の日
とか言ってたら、もう今日じゃないか(笑)。
何かと影の薄い父の日ですが、私は生まれて七十七年目にして初めて父の日を祝います。
何しろ私の生まれたときには、父は母と離婚してたか死んだかしていたみたいで、それ以後祖父母と母に育てられた私は、父のことにはまるで関心がなく、写真で顔を知ったのも母の死後だったという。
母も責任感じたのか、死ぬ少し前に離婚のいきさつも話してくれ(それがまあ何というか理由らしい理由もなく、ただ何となく、みたいな感じでこっちがあきれたのですが)、時々は父に関する情報もくれてはいたのですが、あんまり大したことではなく、
「本が山ほど家にあったから、(文学好きの母としては)大喜びで見てみたら、法律や理系の本ばかりで、文学関係は一冊もなかった」
「空襲で家が焼けたときは、その本の山が燃えて数日火が消えないでいぶっていたぐらい、すごい量だった」
「あんたのそうやって、やみくもに仕事をしまくって無茶をするのは父親と同じだ。そのうちに同じように身体をこわして死ぬから、気をつけないと」
ぐらいで、食べ物も趣味も何が好きだったかも皆目わからないから、お供えもしようがない。音楽もかけようがない。
あと、私の名前については、たしかそのころは戦地にいたか何かで、手紙で相談したら、「女の子なら耀子か優子。男の子なら優」と言ってきたそうで、ご近所に優子さんという女性がいたので、母は耀子の方にしたのだそうです。
この名は嫌いじゃないし、性格も何やらそういう風にできあがっちゃったような気もしてるからいいんですが、ただやはり画数の多い「澪子」という名の母が高齢になって最初に書けなくなったのが名前の中で「澪」の字だったので、うーん、私もきっと長生きしてもうろくしたら、まず書けなくなるのはこの「耀」だろうな、と覚悟している名前でもあります。それとも今から意地でも覚えといてやろうかしらん。父のためにも。
ともあれ、ほんとにお供えするものがわからないので、近くのお店でミニひまわりを買って飾り、プレゼントにハムスターの置物と小さい椅子を奮発して買い、ベッドのそばに置きました。今から果物とお菓子を買いに行きます。お祝いにお寿司でもとろうかと血迷ったけど、お金もないので、スーパーで小さなちらし寿司でも買って食べようかなと思ったりもしています。
あと何回父の日をお祝いできるかな。なんぼなんでも、もう数回はできるんではあるまいかと期待しているのですが。