淡雪と寒天
今年もあと二日か。たかが人間が決めたことでしかないけど、世の中も私も、一年の区切りで振り回されている。昨日も今日もついつい熱に浮かされたように、スーパーで正月用の食べ物を買いこんでしまった。
数年前、近所のスーパーで「寒天はないの」としつこく聞いたことがある。けげんな顔で材料を紹介されて、こりゃだめだと淡雪の方は聞くのもあきらめてネットで遠くの名産を注文した。上等すぎていまいちおいしくなくて、ふつーの味でいいのにと思って、その後は買うのも探すのもやめていた。
そうしたら、昨日だっけか、スーパーで正月用の売り場をのぞいてみたら、立派な普通の淡雪と寒天が山積みしてあって、目を疑って、思わずどっちも色違いをいくつもしっかり買ってしまった。私の注文が影響したのかしら、世の中がどこか変わったのかしら。淡雪の方は今日見たら、いっぱいあったのが売れてしまっていたし、需要はやっぱりあったのよと、ちょっとほっとしてしまう。
それをきっかけに、今年はお鏡は質素にしようと思っていたのに、干し柿と昆布とするめまで買ってしまったり、もう正気の沙汰とは思えない。
一方で体調はいまいちだし、家も庭もさっぱり片づいていないし、奇跡でも起こればとにかく、とっちらかった中で、局地的にそれらしい花や鏡餅を飾った中で、お雑煮もどきを食べることになりそうだ。まあ、あとは年末も正月も、これといった仕事はないから、ひょっとしたら、片づくかもしれない。
それでも、上の母家の玄関の廊下が、本をかなりブックオフに売ったので、わりとすっきりなっているのは、見るたびに気分がいい。例のクリスマス用のセーターもクリーニングに出そうと思いつつ、ぐずぐずしていて、年を越しそうになっていたが、土曜だっけに、だめもとじゃいと思って、他のものといっしょにお店に持って行ったら、最終日の閉店ぎりぎりに間に合って、ラッキーと小躍りした。一方で、こうしてぎりぎりいつも間に合ってしまうのが、私を甘やかすんだろうな、いつかろくなことにはならんぞと自戒する。
今朝もぎりぎり生ゴミを出し、明日はさてどうなるのだろう。自分でも見当がつかない(笑)。
