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白い滝のように

上の家の前にあるユキヤナギが見事に満開になって、夜目にも白い滝がなだれ落ちているようです。
「よそでもよく見るけど、ここのが一番みごとだ」と隣家のご主人がほめて下さるのですが、実は去年、私が少し刈り込みすぎて、下の方の枝がなくなり、いまいち迫力がありません。
夏のころ、もしゃもしゃしているのがうざくて思いっきり切り込んだのですが、あれは我慢しとかなくちゃいけなかったんだ。

四月から新生活を始める若い人が、もらってくれそうなので、余った寝具や食器などをわんさと集めたのですが、いつもスーパーに「ご自由にお持ち下さい」とおいてあるダンボールが、引っ越しシーズンだからか、さっぱり見かけないで、クサっていました。
そうしたら、昨日の帰り道、カツジ猫のおさしみがあるかもしれないなと、途中で引き返してスーパーに行ったら、おさしみがあったばかりか、求めていた大きめのダンボールが山と積まれているじゃないですか。

夢中になって、せっせと車に運び込み、おまわりさんにつかまりそうなぐらい後部座席にぎっしり積んで、鼻歌気分で玄関に積み、これで明日から荷造りにはげめると浮かれていますが、どう考えても、こんなにたくさんはいらなかった。まあいいや、何かに使える。

最近忙しくて、ネットのニュースもろくに見られないでいるのだが、今日の毎日新聞によると、下地何たらいう国会議員が、沖縄の県民投票について、投票しなかった人の数を加えたら七割が辺野古の基地に賛成ということになるとか、変な計算をしてネットで笑いものになってるようだ。
新聞では実際に棄権した人が「迷って決められなかったので、それを賛成にカウントしてほしくない」と言ってる声も紹介されていた。

だいたい、いつも言ってることだが、無言、沈黙、無関心は、多数派や支配者や強者の味方としてカウントされるに決まっている。迷ってわからないときは、とにかく弱い方に味方し、少数派につけというのが我が母の教えだった。だから棄権した人たちが、そうやって怒っていると聞くと、ほらもうだからと言いたくなる気持ちも正直ある。

だが、この際、それより先に言っときたいのは、その計算で行くのなら、投票率がとことん低い最近の国政選挙で、投票しなかった人の数は、あれは全部、政府や自民党への批判票、反対票と数えることにしないと論理が一貫しないと思うが、いいのか、それで。

この写真はたしか数年前のユキヤナギ。もっとよくとれてる写真もあったのだけど、見つからない。ま、雰囲気はわかるでしょう。

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カツジ猫