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私の処女作

昨日はアウシュビッツの紹介のテレビ番組をあわただしくお知らせして、失礼しました(笑)。

「アンネの日記」関係の本や、その他の小説や映画で、アウシュビッツはおなじみの場所でした。昔、開高健の岩波新書を母と二人で読んだとき、母が「開高健はこれ(アウシュビッツ見学)で、何かを決意したんだね」と言っていたのを忘れない。

今回の番組でも案内役のサンドウィッチマンたちは、ガス室のとなりに死体焼却場を作り、収容者の剃り落とした髪や遺品のめがねを再利用しつくしたりする、その合理性に衝撃を受けていた。開高健もそれに注目していた。

新書のあとがきで開高は「アウシュビッツを見たことで、私の中にあった何かと訣別した気がする。許可してくれた人たちに心から感謝する」(もう、めちゃくちゃうろおぼえですが、そんな風なこと)の一文を残していた。それ以後の氏の行動や発言のゆらぎなさに私はいつもその一文を思い浮かべた。私自身はアウシュビッツに行ったことはない。だが、どんな毎日を過ごしていても、いつも心のどこかには、アウシュビッツがあった。

今回の番組では写真や本でおなじみのものもあった。驚くほどに広大な敷地など、予想していなかった風景も知った。けれど、そういう情報や知識もさることながら、私が何よりも心に残り救われたのは、番組の制作と放映に携わった人々すべての、深い覚悟と強い決意だった。お笑いタレントやアイドルの若い男女の、襟を正して冗談のひとつも言わず、真剣に素直に感想を口にする姿だった。

目も心も、洗われる思いがした。何よりも、そのことに。力づけられ、励まされた。ゴールデンタイムの民放で、これが放映され、視聴者のもとに届いたことに。

過去と向き合うこと。過去を忘れないこと。過去を伝えること。そうやって生きることの必要さと重要さ。そして、救いと、安らかさ。あらためて、それを思う。

だからってわけでもないが、片付け中に見つかった母のノートに、私が生まれて初めて描いたいろんな絵が、貼っつけてあった。母も最初は日付を書いてまじめに貼り付けていたが、途中で育児に疲れたのか、日付がなくなり、貼らないではさむだけになっているのが、おかしい。そして使っているノートが、母が熱烈なファンだった六大学野球の慶応大学のグッズ?なのも、さすがだなあと笑ってしまう。

下に「あひる 昭和24年6月15日 耀子かく」ってある。21年11月生まれの私が三つの時なのね(笑)。

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カツジ猫