紀行全集のために(10) 「しるしの棹」解説
もうあまりにも長いことほったらかして、出版社に迷惑かけまくりの「紀行全集」の解説原稿です。
もうこのまま使うかどうかわかりませんが、とにかく、この種の原稿を片っぱしからアップします。なお、まだ表記の整理もしていないのでお見苦しいですが、すみません。いずれ訂正しますが、とにかく急ぎます。(20023.3.30.)
しるしの棹・解説
【作者と作品】
『国書総目録』には、この書について「しるしの竿 類俳諧 著しゅう(氵+秋)喧編 成宝永二年刊 写九大・京大頴原(版本写)・東大・天理綿屋(上、一冊)」とある。京大本と東大本には宝永二年の作者の自序があり、いずれも板本かその写本、天理本もおそらく同一である。
しかし、ここに紹介する九大本のみは写本一冊で作者名はなく、内題も「棹」の字を用い、内容も俳諧ではなく紀行である。文中に「東海道中膝栗毛」の影響も見え、宝永年間の成立ではない。「しるしの竿」とは別の作品として立項するべきであろう。
したがって作者も成立年代も不明である。出羽の国の藩士で、主命に従い江戸から出羽へ赴いた際の往還紀行で、出羽滞在の間の記事はなく、往還の見聞や体験を記している。狂歌めいた歌を交えて筆致は明るく、同行者たちとの会話も笑いを交えて描かれる。
何よりの特徴は、旅する人の少ない冬季の雪道の困難と、雪にとざされて長い冬を送る山村の人々の暮らしを詳しく記していることである。屋内でも壁が氷におおわれ、つららが下がるという当時の越冬の苛烈な様が、てらいのない文章で淡々と記され、短い作品だが資料としても貴重であろう。
題名となっている「しるしの棹」とは、雪に埋もれた川の位置を通行人に知らせるために立てる場合と、自分が雪の中に落ちこんで脱出できなくなった時に地上にさしだし動かして助けを求める場合との使用例が紹介されている遭難防止のための品である。
【書誌】
九州大学附属図書館音無文庫、549シ21。写本一冊。二二・九✕一六・二cm。白に茶の格子縞表紙、外題はない。中表紙に左肩打付書で「しるしの棹」とあり、内題もこれと同じである。二六丁、十行書。奥書はない。