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苛政とトラ。

◇暑いのか体調がいまいちなのか、なかなか仕事が進まない。昨日、裏庭を見た時に、もう草がかなり伸びはじめているし栗はどさどさ落ちて来てるし、明日の朝はどうでも早く起きて一気に草取りをしなければなるまいと思うので今夜こそは早く寝ることにする。
そう言ってたら明日は雨とかまさかないよなあ(笑)。

◇庭のあちこちに小さい蜘蛛が巣をはっている。細い足の小さい蜘蛛で、かわいそうだから放っておくのだが、一応通り道のじゃまになる所は巣を払っている。そうしたら、しばらくすると、また同じ場所に巣がかかっている。
蜘蛛の顔の見分けなんかつかないから、同じ蜘蛛じゃないのかもしれないが、これだけ毎回壊されても、また同じ場所に巣を張るのは、この場所はよっぽど獲物がよくかかるのだろうかと思ったりして、礼記で孔子が、子どもが次々トラに食われても税金が安いからと引っ越せないで、そこで暮らしてる母親を見て「苛政はトラより残酷」と言ったとかいうのは、ここのところか、などと、しょうもないことを考えていた。

しかし、そんなこと言っていると、だんだん蜘蛛の巣が増えてきて、あっちにもこっちにもかかっているし、今日はとうとう我慢できなくなって、ほうきですべて払って、地面を逃げて行く蜘蛛を全部踏み殺した。これで地獄に落ちても救いの糸は下りて来ないのだろうがしかたがない。トラにだって都合ってものがある。

◇昨日だっけ、老人ホームの母のところに行ったら、もう夜なのに母はベッドから起き出して、椅子に座ってテーブルの上のいろんなものを手に取って見ていた。どうしたの、と声をかけると、「あなたがいろいろ買って来てくれたものを見ているところ」と言って、ポプリの袋を開けてみたりしている。何だか様子がおかしい。そして、ハーモニカを吹いてみて、「これは壊れていて、音が出ないし、ドレミファが鳴らない」と訴える。

そもそも母が、ハモニカを自由自在に吹いていろんな曲を演奏出来ていたことの方に私は少々驚いていたぐらいなので、ああ、そろそろ、吹き方も忘れて来たかと思って、洗濯物をしまいながら、それでも母がドレミまで何とか吹いて「ファが出ない」とこぼしているのを聞いていた。
時々思うのだが、私がせっせと遊んでる数独のゲームも、やがていつか私がぼけたら、支離滅裂の数字が途中まで書きこまれたゲームがいっぱい残ってるとかそういう情景になるのだろうなあ。きゃあ、それってけっこう不気味と自分で身震いしたりしてる。
母はあいかわらず妙に元気で、もう何十年も前に死んだ祖父が、ここの別の病室にいるから見舞いに行こうと言いだした。そういう時には逆らうなと言うけれど、私は「おじいちゃんは、ずっと前に死んだやん」と、つい言ってしまう。
母は「あれ、そうだったかね。おばあちゃんは?」と聞くので、「おばあちゃんもさあ」と答えると、やっぱりもう亡くなった叔父のことを「あんなによくここに見舞いに来てくれたけど、どうしたのか全然来ない。死んだんだろうかねえ」と言うので、「うん、もうだいぶ前に死んだよ」と言うと、「そうね」と笑って納得するあたりが、さすがである。
なぜか叔母と伯父のことは、もう死んだと理解していた。

私が母と時空を超えた会話をくりひろげていると、ヘルパー主任の男性が見回りに来て、私が「何だか母がハイになってるよ」と言うと、「数日前に熱が出て、今日も肺炎の薬を飲んだので、その影響のようです」と言って、母に、「もうちょっと起きてロビーでおしゃべりしましょうか」と誘っていた。母が「もう寝る時間じゃないの」と言うと、「でも眠くないんでしょ。目がキラキラしてるよ」と笑って、母を連れて行ってくれた。私は仕事があったので、後はまかせて帰ったが、まったく頼もしくもありがたい主任で、本当に今、介護の仕事は報酬が安いというが、こういう人にこそ高給を与えて待遇を最高にしてあげてほしい。

◇母の幻想話で油断ができないのは、ちょこちょこ本当のことも混じるからで、「今日、病院の先生が来た。私が皆と食事をしてると突然来て、私の頭を抱いてくれて、他の人たちは先生が誰か知らないから驚いていたよ」とか言うので、「へえそう」と聞き流していたら、それはほぼ本当だったらしい。
で、今日はどうかなと思って行ってみたら、眠っていて、帰りのあいさつをしたら、少し熱っぽいようだったが元気だった。でもまだちょっとハイのようで、私の従姉の子どもと、ここの先生とを結婚させて、ここで開業したら大いに繁昌するしわが家の医業も継げるのではないかと、将来の計画を得々として話して聞かせた。
ここしばらく、ちょっと風邪気味で興奮状態なのかもしれないが、どう転んでも意気軒昂と前向きなのが大したものではある。

◇その母の部屋の臭いは、エアコンの内部クリーンのボタンを押しておくと、かなりよくなったようだ。臭いのもとかと疑って持って帰ったクッションや枕は、ずっと車に積んでいても異常ないので、これが原因ではないらしい。まあせっかくだから、しばらく日に干して、枕カバーは洗濯して戻すことにしようと思う。
とにかくもう、あれやこれやで忙しすぎる。集中できる忙しさならまだいいが、四方八方に注意が分散する忙しさは本当に体に悪い。
それでも今日はカツジ猫にブラシをかけて、下の家に掃除機をかけた。これでまあ数日は快適に過ごせるかもしれない。それにしても、まったく気持ちに余裕がないなあ。その内、蜘蛛をふみつぶしたみたいに何かとんでもないことをしそうで自分が恐い。

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カツジ猫