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藍染のシャツ。

◇ちょっと前に書いた、藍染シャツとか売ってるお店のことだけど、私は10年ぐらいも前に、行きつけの美容院の近くで、ふらっとこの店に入った。
本物の藍染は、夏に汗でぐっしょりになっても、臭いがしないそうで、水洗いで充分というのが気に入って、けっこう高かったんだけど、何回か行って母のと自分のと計四枚買ったんだったと思う。

母が老人ホームに入った時に、私は母の分もとりあげて自分のにした。母には、もっと明るい赤やピンクのシャツを着せることにしたのと、クリーニングを頼むときとかに、ひょっとなくなったら口惜しいと思ったからだ。実際たまーにタオルとかが入れ替わってることがあって、まあ、かりに紛失しても、にっこり笑って「あらー、いいのよー」というものにしとかないと精神衛生上よろしくないと思った。

◇余談だが、母が田舎で一人暮らししていて、公的にも私的にもいろんな介護の人をお願いしていた時期に、何というか世の矛盾を痛感したのは、年とったら、食器でも日用品でも、それなりに好きなものに囲まれて優雅に暮らしたいわあとか思っていても、なかなかそうは行かないのだということだった。
まあ、ヘルパーさんとかでなくて、家族や親族でも同じことは起こるのだろうが、大事にしていたり、好きだったり、高かったりしたものが、こわされたり、扱いをまちがわれて汚されたり、最悪なのはどう考えても盗まれたりということが絶対に起こるものだ。

きれいな模様のほうろうの鍋をおいていたら、「磨き砂を買って下さい」というヘルパーさんのメモがあって心臓がちぢみ上がったり、叔母にもらった大好きな有田焼の小皿五枚が、いつの間にかじわっと減って行ってなぜか一枚だけになってたり、あまり行かないへやに置いてあったガラスの花瓶が割れてたり。

そのたびに、胸がつぶれる思いをしたり、怒髪天を突いたり、世を呪ったりしていた日には、どう考えても身がもたない。
結局つくづく悟ったのは、本当に優雅なお金持ちで、すごく優秀で高級なものを扱う技術をちゃんと身につけた召使みたいな人を雇う余裕がある人でなかったら、ある程度他人に身の回りのことをまかせないと生活できなくなった時点で好きなものや美しいものに囲まれて老後を送ろうなんてことは、考えちゃいかんということだった。

それはもちろん、ものすごく悲しいことだ。私は母の回りを、持っているものの中では最高の、きれいで優雅で上等な品々で囲んでおいてやりたかったし、自分も将来そうしたかった。でも結局それは断念して、洗濯や掃除や食事を作ってもらう人が、どんなにこわしてもなくしても、にっこり笑っていられるようなものだけしか、回りにおいちゃいけないんだとあきらめた。そういう品物を愛するなら、こわれても汚されても盗まれてもいいと覚悟を決めてそばにおくか、早くに人にあげてしまって、丈夫な安物に囲まれて生きる楽しさを満喫するように気持ちを切り替えるかどっちかにしないと、きっと幸福にはなれない。

◇そりゃね、私もちょっとは夢見る。格差社会は嫌いだし、中産階級はもう滅びたとかもいうから、そのへんの実態はよくわからないが、今の日本じゃ、そんなに特権階級でも大ブルジョアでもない人たちでも、けっこう私や母のような、上等の家具や食器や衣服や雑貨を持ってそうな気がする。断捨離をしまくって、そういう上等の大好きなものだけを残して、その中で死にたいという高齢者だって少なくないだろう。
だったら、ヘルパーさんの訓練の特別コースか何かで、そういう高級品を扱える技術をマスターして、なんかこうそういう「ダウントン・アビー」免状みたいな資格を持ってる人を作ってもいいんじゃないかなあ。それは、贅沢とか特権階級とかいうんじゃなくて、ひとつの介護のあり方としてあっていいんじゃないかと思う。

まあでも、そんな制度や資格ができたとしたって、96歳の母には間に合うはずないし、私の老後にだってひょっとしたら、いや、ほぼ間に合わないと思うので、さしあたり私としては、上等の品物は人にあげるか自分が使うことにして、母にはなくされてもこわされても汚されてもいいものしか着せないし、持たせないことにしている。
あのね、でもこれもけっこう大変なんですよ。こだわる私もバカなんだろうけど、どんな風に扱われても紛失してもにっこり笑える程度のもので、でも独創性があってセンスがよくて母に似あって、みたいなものをそろえようとするともう、その苦労ってハンパじゃない。足を棒にして目を皿にして歩き回って、ようやく色は派手だけど安っぽくなく柄は奇抜だけど悪趣味じゃなく、下着が出ないくらい首がつまってて、ヘルパーさんがどんな組み合わせで着せてもそれなりに何とか決まるカーディガンだのポロシャツなどを買いあさる時間って、きっとマルクスの何とか理論に照らし合わせれば、ものすごい労働時間で高額なものについてると思うのよね、いいけども。

◇そういうわけで私は藍染シャツをぶんどって、せいぜい着まくっていたのだけど、本当に猛暑のなかで汗まみれになっても快適だし、去年あたり服の整理をしようって思ったときに、もう夏はどこに行くにもこの藍染シャツで通してしまえないかと思ったのです。
だけど、さすがに、あまりきちんとした場所やフォーマルな場ではくだけ過ぎみたいで、何とかこれをよそ行きとして活用できないかと、合わせるスカートやパンツを探したのだけど、いまいち感じがつかめなかった。
とうとう思いついたのは、あの藍染の店に行ったら、何か組み合わせて着られるパンツかスカートがありはしないかということで、そこで、あらためて気がついたら、いつからか、いつの間にか、そのお店がなくなってたのです。

美容院の人に聞いても、店は覚えていたけれど、どこに行ったかはわからんと言うし、あきらめられなくて、他の藍染の店もデパートで探したりしたけど、どうもしっくり来ないしで、おかげで私の夏の衣服計画はずっと頓挫しまくりでした。
数日前に、それが突然、天から降って来たように、近くの道に現れたってわけ。
年金生活の私に、昔のような散財はできませんが、店に並んだ品物を見ていると、自然とイメージがわいて来てストールを一枚買って巻いたら、何とか行けそうな気がして来ました。
白のスカートや、赤いパンツとかと合わせてもいいですよとお店の人から教えてもらって、それも参考になったし。

キッチンの窓のカーテンがわりにかける小さい四角なストールも買ったけど、これも、汚れて洗いまくって色あせたらそれもまた味があり、いよいよ色あせたら染め直

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カツジ猫