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醜悪には醜悪を

ところでさ、私はさ、別にタイタニックの甲板にいなくっても、何か絶体絶命のときになったら、若い人や子どもや母親にボートや命綱ははいどうぞと譲る覚悟を、わりと毎日して来たし(できるかどうかはともかくとして)、そもそも、ハイジャックなどのとき、女性が先に解放されるのが身震いするほど嫌いで、もし若い男子学生とそういう機に同乗していたら、教師として絶対に先には降りられないということを、どうやってテロリストに伝えたらよかろうと、英会話の教室に通おうかと思ったりしていたぐらいなのだけど、あの今回、「高齢者は若者に最新医療を譲ります」とかいうカードな、あれ見たとたん、そんな気分は生まれて初めて全部もうすっとんで、若者も赤ん坊も母親も障害者も全部舷側から蹴落として救命ボートに飛び込むぞと、わりとマジで決意したくなった。低俗な発想に低俗で応じるのが正しいかどうかは知らないが、あのカードの醜悪さは、私の中の醜悪さを総動員しなきゃ拭えない。

女子どもを先に逃がせという発想も、いろいろ気に食わないけど、少なくとも、人類や世界がそれなりに共有してきた、その発想と、このカードは、似ているように見えてまっさかさまの発想ってことがわからんのかね。
弱者を救う、役に立たない者を優先する、というやせがまんの無理をすることで救われるのは、結局は強者の尊厳と未来ですよ。
まあ女子どもを優先するというのは、種の保存継承という面もあるんだろうから、そこは今回にもどこかでつながる、露骨で下品な発想だけど、弱いものを守るというのは、そういうことだけでもないんだよ。そういうことも考えての上なのか、聞きたいもんだわ。

私は原発事故のとき、比較的放射能の影響の少ない高齢者が、除染に携わったり、危険な地区に住むべきだという意見に、特に抵抗は感じなかった。それなりに、そういう決意を自分でもしていた。
昔見た何とかいう映画で、救命いかだの上から、助かりそうにない者を順番に海に捨てて行く船長の話もあったが、あの船長は自分個人の決意で、神にも人にも責任持ってそれをやるんだよ。カードなんて甘っちょろい手段で逃げたりごまかしたりするのとはちがう。
そう、今回、何よりも私が激怒し吐き気を催すのは、そうやって人に命を譲るという個人的で微妙で高級な決意を、「カード」という、ものすごく安っぽい形式でうながしてる、そのテクニックの気味悪さだ。

何よりも、あのデザインは何だ? どうでも高齢者に自殺させて命をさし出させるのなら、せめてはうまくプライドくすぐってごまかして、気持ちよく自殺させるデザインを作れよ。そこは手間ひまかけなくちゃいかんだろうが。
あの映画館の非常口か、バスの優先席みたいなちゃらい老人マークは何さ。腰をまげた老人が、赤いハートをリボンかけた箱みたいに差し出してる、その醜怪な画像と来たら、ただひたすらもう、身の毛がよだつ。人の命を召し上げるなら、もうちょっとカッコよく命を捧げたく、うっかりなるようなデザインぐらい工夫しろよ。

この手抜き。このセンスのなさ。この安っぽさ、薄っぺらさ。高齢者も若者も命も医療もバカにしくさって、何一つ真剣に考えてない、適当な浅知恵の思いつきなのがバレバレのあのマークの小汚さ。あれ見て医療を譲りたくなる高齢者がいたら、そりゃもうたしかに年齢に関係なく、死ぬのもやむを得ないような精神状態ではあるよな。

発想も検討の余地は山ほどあるが、せっかくそういうこと思いついたら、言ってることの重要性を少しは鑑みて、真剣に高齢者をだまして死なせるぐらいのデザインとキャッチコピーぐらい、それこそ死ぬ気で考えんかい。適当にやってみましたなんて感じでする仕事とはちがうぞ。
つまらんことでも悪いことでも、やる以上は真剣にやるべきだ。この、何をしてるかもよく考えないまま、「問題提起にでもなればと思って」と甘っちょろい覚悟で作った姿勢が、あのカードとマークに凝縮されて、汚らしいったらありゃしない。

「ありがとよ、たしかに問題提起にはなったわ。私もう若者の犠牲になる気は(かなりあったのよ、これでもいつも)、当分もしくは永遠になくなりました。殺されるまで生きてやる。未来のことなんか考えない、えげつない冷酷な老人ひとりできあがりよ。めでてえめでてえ」と言っちまってもいいぐらいだけど、こんな安っぽいバカのすることにひっかかって、若者と敵対するほど、まだボケてはいないから、それはやめとこう。

私は外国の目なんか気にはしないけど、これ世界に見せたら、いわゆる先進国はもちろん、古い伝統を守る開発途上国だってあきれるだろう。どっちの国の国民からも、つまりは世界全体から、日本はバカにされると言うより、狂っていると気味悪がられるだろう。それも当然だから、別にかまわないけれど。

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カツジ猫