雑誌「かまど」散文詩「ローマの夕暮の歌」

(アポロンの森で、月桂樹の幹にいましめられ、矢を射かけられて死んだ美しいクリスチャンの若者、ローマの近衛兵の長、聖セバスチャンの物語を、私は三島由紀夫の「仮面の告白」で、また渋沢秀雄の「エロスの文学」で、いずれも倒錯趣味の一つとして紹介されていた。けれど、先日ダヌンツィオの戯曲を読み、私自身いくぶんサディスティックな興味をひかれて読んだこの物語に、胸をさすような悲しみと淋しさを感じさせられた。その悲しみと淋しさは、私に久しく忘れていたさまざまなものを思いおこさせ、澄んだこだまを私の中にかえしつづけた。私がこれから書こうとするのは、そのほんの一部である。)

ディオクレティアヌス帝の射手隊、エメーズの射手達は、彼らの体調を愛していた。彼が―後に聖セバスチャンと呼ばれる美しい若者が、射手達にとっては理解できないキリスト教に一身をささげていることを知ってさえ。彼らは若い隊長を皇帝の拷問から救い、死刑の際にはこっそりと逃そうとした。
それはローマの郊外、たそがれのせまる丘の上だった。月桂樹にしばられたセバスチャンの縄を部下たちは解こうとした。だがセバスチャンはそれを拒絶し、愛する部下たちに自分を射よと厳命し、そして、部下たちは、涙ながらに隊長の裸身に向かって、えびらの矢がつきるまで、矢を射かけたという。

ただそれだけのことだ。そんな古いたわいもない物語が、なぜこう胸にせまるのか?
ディオクレティアヌス帝がアドニスとたたえて愛したセバスチャン。その彫刻のような美しい裸体に、矢がくいこみ、血が流れる―それはたしかに妖しい興味もそそるかもしれぬ。しかし、私がおののくのは、彼の苦痛の表情ではない―ああ、それならまだ救われる。白いのどもとを最後の矢がつらぬいたその瞬間にさえ、彼のくちびるから消えなかったにちがいない楽しげな表情、夢みるように天をあおいだ静かなまなざし、そのおだやかな明かるさ、うっとりとした美しさ―それが私を限りなく、孤独にする。

私は涙を流して死にたい。苦痛に身をよじって死にたい。疑って死にたい。キリストのように、いまわのきわには、叫びたい―「わが神、わが神、何故私を見すて給う?」と。

セバスチャン、セバスチャン。皇帝の前で、エメーズの射手たちの前で、あなたは、相手を憎まなかった。むしろ、愛しているかのように、やさしく、そして、断固として、あなたは彼らの申し出をはねかえし、自分の行く道を選んでみせた。
そのときの、あなたのまなざし。悲し気で、あきらめたような、しかも軽べつにも似た愛をこめた、静かなまなざし。
セバスチャン。どんなにたくさんの人が、あなたのようなまなざしで相手を見つめ返して、死を選んできたことだろう。

脱走をすすめるクリトンの顔をあかつきの光でながめたソクラテスのまなざしは、あなたのそれと、似ていなかったろうか?
王への忠誠を誓えとすすめる妻を抱いて笑って首を振ったトマス・モアのまなざしも、あなたのと、そんなにちがっていたろうか?
気づかわしげな母の視線をふりきって、日夜ドイツ軍へのレジスタンスを続けた「若き親衛隊」ウーリャの目は?
砂漠で、どこからともなくあらわれて、不時着の飛行士をなぐさめ、やがて去っていった、あの小さい男の子の目は?

人が去って行くのはいつも悲しい。けれど、自分の心から愛する人が、自分の知らぬ世界にひかれ、自分の知らぬいましめを守って、誇り高く歩み去っていくのは何と空しい淋しさだろう! その世界を憎めるなら、いい。愛せるなら、いい。しかし、その世界が自分にとっては得体の知れぬものにすぎず、肯定も否定もできぬものとしたら―ただ、去り行く人への愛だけがあるとしたら?

そして、愛とは何だろう? セバスチャン、皇帝や、部下は、あなたを愛した。その美しい髪を、顔だちを、姿を、動作を―いや、そして、おそらくは、あなたの心を、魂を。キリスト教に燃やしつくしたその情熱、勇ましさ、冷やかさ、誇り高さ、率直さ、―その反抗の姿勢をさえも!
彼らの愛が、いつわりだったとは、あなたには言えぬはずだ。では、あなたは、それを、どう考えたのか? あの夕暮、両手を高く頭上にしばられ月桂樹に背をもたせて、あなたは言った。「最も私を傷つけるものが、最も私を愛するものだ。」と。

けれど、うつし身のあなたを、傷つけ、殺せば、それでもう、彼らにとってのあなたは、いないのだ。セバスチャン。彼らはその他のあなたは知らない。あなたは他人の手を借りて、他人の手からあなたを奪い、そうしてそれを、神に捧げた。矢が次々と肉にくいいるその時も、あなたはおびえていなかった。あなたはほおえんでいた。天使のように美しく、子供のように安らかな、そして残酷なその微笑。あらゆる殉教者の顔を、いまわのきわに飾ったその微笑。
私はその微笑を消したい。あなただけでなく、自らの信念を守って死んだすべての人のくちびるから。あなた方をためらって死なせたい。その額を疑いの雲で曇らせ、思いがけないことばが口をついて出ないように、わずかでもいい、くちびるをかみしめさせたい。

思えば遠い昔から、私は恐れ続けていた。美しい若者、情熱と誇りにみちた若々しい青年を、私が愛してしまうことを。そして突然ある日、その若者が、ふしぎな呼声に耳をかたむけ、美しいその顔を、今までにも見たことのないほど更に美しく輝かせて夢みるようなまなざしのまま、その声のみちびくままに、歩み去ってしまうことを。
しかも、私は知っていた。私が愛する青年は、きっとその呼声を聞くことのできる青年でしかないと。そして、いったん立ち上がって歩み去った青年が、両手をたれ、目を伏せてひきかえして来たら、私は決して、もう二度と、彼を愛したりはすまいと。なぜといって、呼声に耳をかたむけていたときの若者の美しさを、私は二度と忘れることができまいから。

けれど、それでは、どうするというのか。私が彼について行ったところで、彼はふり向いてくれるだろうか? 結局、どんな道を歩いたところで、夕暮、私は彼を、アポロンの森で見るだろう。月桂樹を背に、両手を高く交叉させ、美しい裸身に縄をくいこませて、澄みきった目でじっと射手たちを、見つめ返している彼を。
そのとき、彼にかけよって、彼とともに矢をうけたところで、彼のまなざしは、冷たく、ものういだけだろう。彼は私のひとみの中に、いつわりの殉教を―神への愛ではなく、ただ彼への愛のためだけの死を―よみとるにちがいない。彼の足もとにひざまずき、彼のなきがらに口づけし、その冷たい手足に香油を塗るぐらいの役目なら許してもくれようけれど。でも、そんなこと何になろう? どんなに美しい肉体でもそれだけ残してもらって、何になろう?

それだからこそ、これまで長い青春をかけて、私はさがし続けてきた。私のローマを、私の皇帝を、私の部下を、何より私のアポロンの森を、私自身の月桂樹を。私の愛する若者よりも、必要とあらば私が先に、いましめられ、矢を射かけられ、そして私の血で染める月桂樹を。
私は今では、むしろ、セバスチャンの気持も分る。自分を愛しつくしてくれながら、なお自分の信ずるキリスト教を、奴隷の教えとしか思えぬ部下たち。それが愛か、それでも愛か。孤独はむしろセバスチャンにあったかもしれぬ。その絶望が一層彼を神の国へとかりたてたのかもしれぬ。
だが、それにしても、私は死ぬときには、殉教者たちのように天をあおぎ見はしまい。平和な微笑を浮かべもしまい。できれば射手たちの方を見たい。自分は疑っていること、だが疑いながらでも自分の考えを守って死ぬ他ないこと―それだけを言いたい。

人は自分の思想の正しさを証明するために、死ぬのではない。どんなに多くの美しい若者たちが安らかな美しい微笑をうかべ、澄んだ目で天をあおいで、らちもない、ばかげた迷信を信じたまま死んでいったことか。
信ずるものには、死ぬ必要などない。信じないものこそが、死なねばならぬ。あらゆる思想を守るために。

私はフランスのヴァンデ地方のある村を思い出す。朝日の光の中に、ギロチンの刃が光っていた。若く美しい金髪の士官が、そこに進んで行くところだった。彼は革命軍の将校だった。彼に昨夜死刑の宣告を下したのは、彼を最も愛する恩師で、やはり革命軍の指導にあたる男だった。彼が死刑になった理由は、反乱軍の首領である彼の大おじの老人を、彼が脱走させたということだった。
若い士官は、革命に命をささげ、大おじを憎みぬいていた。激しいたたかいの末、彼は大おじのこもる城を攻めおとした。だが老人たちは城に火をかけて、秘密のぬけ穴から逃げた。
火につつまれた城には、人質の百姓の子供が三人いた。その母は遠くから窓ごしに子供たちを見、泣き叫んだ。それをたまたま聞いた老人は、突然心をかえて引き返し、炎の中を子供たちを救って反乱軍にとらえられた。それを見た若い士官は、その夜、老人を逃がした。そして自ら死刑をのぞみ、息子以上に彼を愛していた恩師は青ざめつつも断固として、宣告を下した。
ローマの若者が死んだのは夕ぐれだが、このフランスの青年は、朝日の中をギロチンに上った。彼の部下のすべてが嘆き悲しむ中で、彼もまたほおえんでいた―彼は未来を信じていた。革命を信じていた。高い塔の上から見下ろす恩師に手を上げて、彼はギロチンの刃に身をまかせた。そして、青年の首が落ちたと同時に、塔の上からはピストルが鳴りひびき、彼の恩師は我とわが胸を撃ちぬいて、倒れた。

革命小説としては幼稚で大時代的ともいえるこの小説(ビクトル・ユーゴー「九十三年」)になぜ自分がひきつけられるのか、私にはどうしても分らずにいた。「聖セバスチャンの殉教」の物語は、ほのかな光のようにくっきりと、それを浮き出させてくれた。ここには、古い殉教物語と同じ世界がある。―いや、ダヌンツィオとユーゴーというフランス人的世界とでもいおうか。しかもよく似ていながら、まったくあべこべの世界なのだ。同じような美しい若者、部下に愛され、惜しまれつつ、最も彼を愛する者の手によって死を宣告され、そして最後まで心からの微笑をくちびるにたたえつつ、未来を信じて死んだ若者の物語。

だが、革命軍の若い士官は、セバスチャンに比べると、いかにもやさしかった。人は言うかもしれない。セバスチャンと皇帝の信仰がまるで別だったのにひきかえ、士官と恩師は同じ革命をめざしていたのではなかったかと。しかし、若い士官が大おじを逃がしたことは、この恩師には決して理解できない、また許せないことだった。それが誤ったものかどうかはさておき、若い士官のそのようなロマンチシズムは、セバスチャンの信仰と同じくらい、回りの人々にとっては得体の知れぬものであったろう。
軍法会議で、士官は一言の弁明もしなかった。だが彼が心の中でまで自分の行動をすべて否定していたかは怪しい。
死刑の前の夜、彼は牢をたずねて来た恩師に、それこそ夢みるように革命の未来を語る。だがそれは、革命の未来にたくした彼自身のロマンチシズム、彼自身の信仰の未来ででもあるのだ。そして、皇帝とちがって、この恩師は、死体にとりすがって泣くことを拒絶し、自らの胸を撃ちぬいた。彼は、そうしても青年が許してくれると知っていた。そしてまた青年は、自分のロマンチシズムを決して理解しないこの男を、いまわのきわまで、憎もうとしなかった。

あのフランス青年の微笑なら、私は消そうとは思わない。
それは、彼が愛とロマンチシズムを守ったからだろうか?
それとも、彼が革命を信じていたからだろうか?

また、アポロンの森に夕やみがせまる。私の心の中ではいくたびもこの森に陽が沈み、常に黒い月桂樹の前に、すらりとした裸体の青年がいましめられている。その遠くを見つめて燃えるようなひとみ、酔ったようなひたむきなまなざし、くちびるに浮かんだ神々しいまでの歓喜にみちた若々しい微笑を、あるときはねたましげに、あるときは不安にみち、そしてあるときは底知れぬ恐怖と尊敬の入りまじった愛情をもって私は見つめ続ける。ときどきは矢をはなったような気もするのだが―夕やみにのまれて、矢の行方を私は一度もしかとたしかめたことがない。
(個人雑誌「かまど」より 1968.8.15.発行)

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