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山下大尉の手紙

実家その他からわが家に集まって来た、山のような何代にもわたる荷物の中から出て来た古い手紙。書いたのは昔、私の実家に遊びに来ていた宇佐航空隊の人たちの一人らしい。やはり時々、私の家に滞在していた親戚の若者と母が連名の宛名になっているが、おそらく女性あての手紙だと問題になるからこうしているので、実際には母にあてたものなのだろう。

いろんな意味で、読むと胸がかきみだされる。ここには、小説「テロル」のシヘムのような心情もきっとある。今も昔も、たくさんの若者が、人を殺して自分も死にに行く前に、こんな日々を過ごしたのだろう。
もう二度と、こんな手紙を、日本の若者たちに書かせてはならない。世界の若者が書かないですむ日を実現させなければならない。


拝復 御二方の御便り本當に嬉しく拝見致しました 皆様 御元気で何よりのことと嬉しく存じます 御両親様も御壮健の由何よりのことと御慶び申上ます 下りまして小官も至極元気旺盛 或は陸上の廣々として飛行場に、すがれゆく草々に秋の訪れを感じ、月に、虫の音に、柄でもない感傷に耽りながら夜遅く迄夜間飛行で飛んだり、或は狭い艦内の息苦しい中に廣々とした太平洋を眺めたり、大いに頑張って居ますから何卒御安心下さい この最大非常時に 日本帝国に生を享け、そして海空軍の末席を汚して 五尺の短躯を君国に捧げ得ますことは 男児一生の仕事として之より意義深い、之より誇らしきことはないと独り考へ、身の幸福を感じますと共に、重責を考へ、大いに勉励相励んで居る所です、間もなく私共が、たったその時の為に勉強して居たんだと言ふ様な秋がきつと参ることを考へ、日夜の猛訓練に励んで居ます。御承知の様に 人間一度死ねば二度は死なれないさうです。その時に人に笑はれたり、外国人に侮られない様な死方をしたいものです、きつと皆様の御期待に副って立派な手柄をやつて皆様の御目に又は御耳に入れたいものと念願して居ます、
楽しかった宇佐航空隊に在隊當時のことが夢の様に思ひ出されます、土、日曜は必ず休み、そして思ふ存分休んで遊んでそして月曜日から働く、あんな生活は私共にはもうないでせう、今の所では土、日なんて思ひもよりません、どうかすると月日を忘れて了ふ位です、飛行機が飛べる時はいつも月曜日、雨か嵐しの日は仕方がない土曜日で半日位讀書する暇がある程度、痩せっぽっちの小官の如きは肥る暇が一寸見付かりません、が痩せては居ましても、(否、どんなにスマートでありましても…?)病気一つ知らないで多くの兵隊さんを引張って秋の澄み切った大空に翼をピン!!と張った愛機を駆って思ふ存分暴れ廻って居ます、かうなつたらチャンコロなんか相手ではありません、ヤンキー、ロスケ、英人、A、B、C、Dはおろか、X、Y、Z迄全部かゝつて来てもビクともしませんよ、この位はり切って敵の空を眺めて居ます、新聞であつ!!と言はせる様なことがありましたら、…あるかないか、又何日のことか分りませんが…、その時は私が部下と共にやつたんだらうと想像して居て下さい、
誤りないでせうから…
所で先月の初めは大洪水だつたさうですね、その時は私は九州の南方に居たのです、
私の所は大したこともありませんでしたので御見舞も申上げなかつた次第です、
御両親様にもよろしく申上げておいて下さい、もう防空演習も終りましたね、でも何日かは演習でない本物の時がありますよ、今の世は私共軍人ばかりが戦争するのではないのですから、銃后の方々も懸命でせう、が我国土に一発の爆弾も落さない様私共が頑張りますが、まあ!!覚悟だけは必要でせう、
生あればいつか御宅の櫻を見て皆様と御話する機会もあることを考へます、立派になつた宇佐神宮にも参拝出来るでせう、その時を楽しみに、一死報国を念頭に頑張ります、
海に棲み、空に住む私共には待たれるものは便りばかり、御暇の折は御便りを待って居ます、
乱筆 悪筆 御容赦下さい、
御両親様にもくれぐれもよろしく、
武運長久を祷って居て下さい、小生は
国家の安泰と そして
皆様の御健康を祷って居ります        敬具
十一月二日夜         山下大尉
福田稔君
板坂澪子様     大日本軍艦 蒼竜 士官室にて



三つほど、つけ加えます。

この手紙に出て来る、わが家の桜の一本は枯れました。しかし、裏庭の数本は今も毎年、みごとな花を咲かせます。川向うの桜の木々も同じです。母は毎年、喜んで見ていましたが、山下大尉のことも思い出していたのでしょうか。戦後ずっと社会党と共産党にしか投票せず、平和運動にあけくれていた母ですが、特攻隊に関しては、それが大嫌いな私とは、いつも微妙な温度差がありました。

「断捨離狂騒曲」の中にも、当時の宇佐空(と母たちは呼んでいました)の話はあります。あわせてお読み下さい。

枯れ葉のようにほろほろと薄くなり変色したこの手紙を、コピーしたり読んだりしている内に、いろいろあれこれ胸苦しくなりすぎた私は、気分転換、口直し、どう言ったって失礼ですが、それでもとにかく、スポーツ関係のアホな対談の中でも定評がある、しょうもない対談をユーチューブで見直して、ようやく酸素不足の金魚のように、ぱくぱく息を吹き返しました。罰当たりでしょうか。
でも、コメント欄も含めて、こういうくだらないことに笑っていられる、ある意味ヘタレな世の中が、続いてほしい、まだまだ、もっと。

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カツジ猫