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猫と同性愛

東日本大震災の悲惨は、今も終結していない原発事故を最大のものとして、考えても考えても絶望したくなることが多い。私個人としてはその中で大きく救われたのは、動物愛護団体の活躍、とりわけ中谷代表による「犬猫みなしご救援隊」の活動が広がり根づいたことだった。この方が震災の悲劇を機に、活動を継続する決意を固められたことが、酸鼻をきわめる死に方をした多くの動物たちもわずかにでも浮かばれるのではないかと、自分をなぐさめている。

「犬猫みなしご救援隊」のブログではいつからか負傷したり病んだりした動物たちの姿を写真できちんと紹介するようになった。十分に計算した上でのことだろうが、いつからか自然にそれが普通になった。そのことにも私は感服し感謝する。
中谷代表は、昨今の猫ブームに批判的で、猫のかわいさを紹介するテレビ番組にも、「野良猫たちの悲惨な姿を伝えていない」と指摘する。

私は、それぞれの役割があるから、かわいい猫たちの幸福そうな姿を紹介して人々の癒やしにする番組も、それはそれであっていいような気がしていた。
だが最近、のどかで平和な猫と老人の生活を描いた劇映画が話題になって、たくさんの人が賞賛し、満足している感想を読んでいると、自分でも驚くほどの嫌悪感がこみあげて来た。悪口を言うためだけでも、一度は見なくてはと思っても、拒否反応の方が強く、多分見ることはないだろう。
そして、気づいてしまうと一気に極端に走るのが私の常で、中谷代表が批判していた幸せな猫たちを紹介するテレビ番組も、実は決して好きではなかったと思い始めた。

そもそも猫は少なくとも私には、決して癒やしになんかならない。
ついでに言うと、猫でも人でも金魚でも、人を癒やすために存在しているものなんかない。
私は子どものころからほとんどずっと、猫を飼ってきたし今もいる。しかし、楽しいよりつらいこと、幸福なことより悲しいことの方が多分ずっと多い。

これは私だけかもしれないが、何かを愛するときにはいつも、それにいやます罪悪感がくっついてくる。
猫を飼っていると、ついきげんをとって、上等のえさや刺し身を与えてしまうが、そのたびに、世界には飢えて死ぬ子どもも、生活保護で切り詰めて生きている高齢者も数多いのに、その人たちに申し訳ないという、後ろめたさが胸を刺す。どんなに開き直っても、その思いは完全には消えない。消したらいけないと、どこかで思っているから、なおのこと消えない。

猫に限って考えても、寒い夜、暖かい布団の中で猫を抱きしめていると、外の雪や雨の中で震えて眠れずにいる野良猫たちのことを思って、どうしようもない苦しみが痛みのようにこみあげる。
作家の坂東眞砂子氏が生まれた子猫を育てられないから殺しているという記事を書いて大騒ぎになったが、昔はそんなのは普通だった。私の回りでも家族は子猫を洪水の川や畑の肥溜めに放りこんで殺していたし、私自身も近くの夜の海に子猫を投げこんで殺し、水をはったバケツの中に突っこんで殺した。育てられなかったらそうするしかなかったのだ。保健所に持って行って、自分の目の届かないところで他人の手で殺してもらうよりは、せめてそうするべきだったと私は今でも思っている。

猫も犬も病気をし患部は血や膿を出し、毎日糞尿をする。残した餌も水もすぐ古くなって腐る。どんなに忙しくても、それを片づけ処理しなかったら、部屋も家も悪臭に満ちる。
母が年をとって弱気になったか、子猫を殺せなくなり、家中に猫があふれて糞尿まみれになった時、たまに帰宅するしかなかった私は家の管理のためにはどうしようもなく、十匹以上の猫たちを捕らえてそのまま、遠くの山中に捨てた。一気に殺してやった方が親切なほどに、彼らは飢えや寒さに苦しんで死んだにちがいない。山道の草の中を去って行った彼らの顔や姿や目を、私は今でも忘れない。それでも後悔はしていない。母と私が狂気に陥るまいと思えば、ああする他に方法はなかった。

その後も、田舎の母の家や、町の私の家に迷いこんで来た猫たち、中にはどうやら「あそこなら飼ってくれそうだ」と誰かが捨てたのかもしれない子猫を何匹も私は車で遠くに運んで捨てた。本当にかわいい子猫たちばかりだった。おとなしく人なつこかった子猫もいる。それを皆、夜道において車で帰るまで、私は心を閉ざし、身体中の感覚を捨てた。うっかり飼って、今、家にいる猫の方が家出してしまうことを思えば、そうするしかなかった。
猫を飼うとはそういうことでもある。死ぬほど苦しい選択を突然ふってわいたように突きつけられることの連続だ。

自分がそうして死と苦しみに追いやった猫たちや、狂った人間の手によって言語を絶する虐待を受けて殺された猫たちのことに思いをはせると、幸福そうにのどを鳴らして眠っている自分の猫たちの暖かく柔らかな身体をなでていても私は決して癒やされはしない。悲しみだけが限りなくこみあげて、人間への憎しみや自分の無力さに口を開いてあえぎたくなる。

そしてまた、いつこの私の猫たちも、うっかり逃げ出して悲惨な死を遂げるのではないかとか、私が先に死んだらどうなるのだろうと思うと、不安と恐怖に心がゆれる。それらのすべてを、ひとまとめにして、私は彼らを抱きしめる。悲しみをこめて抱きしめる。数知れない生き物の阿鼻叫喚を聞きながら抱き合うノアの方舟の乗員たちのように。
猫を飼うとは、そういうことだ。愛するものを持つとはそういうことだ。

忙しい日常の中、猫の世話をするのが耐えられず、そっけなくしてしまうことや、憎しみを感じてしまうことも限りない。冷たい顔で相手をしなかったり、とっとと死んでしまえこのバカ猫と叫んだりすることも数知れない。
猫を飼うとはそういうことだ。愛するものを持つとはそういうことだ。

私は恋らしい恋もせず、結婚もせず子どもも家族も持たなかった。仕事は大学で研究をしただけで、商売も農業もしていない。戦争にも行かず人を殺してもいない。
ただ、動物を、特にたくさんの猫を飼い、多くを自分の家で、何匹かは自分の腕の中で鼓動がとまるまで抱いて死なせたというのが、しいて言うなら一番豊かな体験だろう。
だからこそ、わかることがある。そうでなければ、決してわからなかったことがある。
同じように、結婚も出産も子育ても離婚も再婚も私には決してわからないだろう。だからこそ、うらやましいとは思わない。私には想像も理解もできないたくさんの苦しみと悲しみ、その中できらめく喜びの数々を、わかるわけがないし、うらやましがれるわけがない。

さてまた、ここで唐突だが、私は学生たちと十年ほども前に「オタク研究会」をしていた以後は、ボーイズラブや同性愛文学の世界が現在どういう状況にあるのか、皆目知らない。
当時の私が興味を持つというより、危ぶんでいたのは、少女たちが空想するボーイズラブややおい文学の世界が、現実の同性愛者の人たちには、どのように感じられるかということだった。
やおい文学にも多分いろんなタイプがあるので、私の好みにもよるだろうが、私はそのころネットでひっそり公開されていた少年愛や同性愛の文学を楽しんだし、好きだった。
だが、これはあくまで女性たちが空想して楽しむもので、現実の同性愛者の人たちにはもしかしたら激しい違和感や反発を生むかも知れないし、それが引きがねになって、このような文学が攻撃され滅ぼされてはいけないと、そっちの方を心配していた。

いろいろな変質や変化はあったにせよ、ボーイズラブ的な文学や文化は滅びはしなかったし、むしろ拡大発展し市民権も得てきているように見える。
そして今では、現実のゲイやレズの人たちとも、交流や議論は生まれてきているようでもある。それがどうなるかわからないし、私は実態を知らないし、予測もつかない。

ただ、小ぎれいでハッピーな猫と人間の交流の映像や物語に、楽しんで癒やされている人たちを見て、現実の猫との暮らしの中でのたうち、あがき、それでも言い知れぬ幸福に酔うこともある人たちが感じる距離感、説明する気にもなれないしらけた砂をかむような気分、ある種の絶対的なまでの優越感とは、甘く優しいボーイズラブ文学を見たときの、ゲイやレズの人たちの気分に、ひょっとしたら近いのかもしれないと、ふと思ったりすることがある。

 

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