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「お茶しようぜ」の続きです

トランプ大統領が大っぴらにほしがっていたノーベル平和賞が、彼が目の敵にしている国連のACCの元議長に与えられたのは、なかなか粋なはからいだった。自分がもらうべきだと主張しつづけたトランプ氏もそれを全面的に推奨した高市首相も、何かコメントか感想を出したのかしら。ノーベル平和賞もいろいろ複雑な情勢や事情に左右されるから難しいが、とりあえずは、ちょっとだけ安心する。

たかが映画を一本見たぐらいでと思うが、そこそこ涼しいのもあって、数日ぐったり寝てしまった。家の片付けがどうなるかは神のみぞ知る。まあ無理はしまい。本当は天井にモービルをひとつつるしたいのだが、この体調で足場の悪い椅子に乗って、落っこちて腰の骨を折るような危険はさすがに冒したくない(笑)。

プロ野球のCSもはじまってしまうようで、なんとなくあわただしいが、さしあたり「しんぶん赤旗」に連載中の「お茶しようぜ」の紹介を、もう少し続けておこう。

三人の年代も職場もちがう会社員が、ひょんなことから深夜の喫茶店で、お茶を定期的に飲む催し?をすることになった。一見健康で明るく前向きの若い会社員と、穏やかで温厚だが胃腸が異常に弱くやっとこさ社会人として無事に生きてる中堅社員と、強面のベテラン古参社員の三人。何をめざすわけでもなく、それぞれ現状をぼやいては散会する、何だか当人たちにもよくわからない集まりだ。

新人中堅ふたりの説明は前に書いたので、今回は三人目の古参ベテラン社員について。
 彼は、この集まりの意義とか全然認めてないし、後の二人がいろんな愚痴や嘆きをこぼしても、それっきりになるのも情けないし、そもそもそうやって自分の弱みを口に出すことが、情けないしみっともないと毎回腹を立てている。なのに、ついつい参加してしまう。

そもそも若い社員が実は自分でも気づかずこわれかけてて、ふらふら終電に飛び込んで自殺しようとしたのを目ざとく気づいて、そばにいた中堅社員とともに引き戻して助けたのは彼だ。経験が長いから、そうした気配には目ざとい。助けたあとも、このまま放っておいたら危ないと判断して、大丈夫ですと言い張る若者を解放せず、お茶を飲むことになったのも、彼の判断だ。「このまままた、ぼけっと死なれちゃかなわない」みたいな感覚で、親切かもしれないが、むしろ仕事を中途半端に終わらせたくないという猛烈社員風の感情かも知れない。

彼の人生は、少しずつあっさり語られて行く。帰宅すると、少し前に病死した妻の位牌があって、一人で生活している、その様子も、どこやらさびしげだが特に不幸そうでもない。仏壇を買わなくてはとか、いろんな些事を考えながらの一人の日常は、古い小説の私生活のように、明るく空虚で、ものうげで、誰でも遅かれ早かれたどる老後のようでもある。

若い会社員が自殺に傾くほど追い詰められているのが、自分でも他人にもわからないように一見元気でばりばり働いていたのと同じに、彼の日常も人生も特に不幸でも不運でもなかったような気がする。実際にそうだったのかもしれない。

ぶっきらぼうで冷静で、弱音を吐くことが嫌いな昭和の男らしく、彼は一人の部屋で妻の位牌や、その面影を身近にしながら、特に涙するでも落ち込むでもなく、淡々と日常をすごしている。
 実際不幸ではなかったかも知れない。不幸とは言えないかもしれない。しかし、静かな描写の中に、彼の傷口や悲しみもまた見えてくる。誰にも文句を言えないほどの、ささいだが、ゆるぎない悲しみが。それは社会や会社や組織のせいなのか、ただの誰にでも訪れる不幸なのかは、読者にも誰にも多分わからない。

彼自身がほとんど語ることはないが、亡くなった妻とは幸せな夫婦だったことが空気のように伝わってくる。彼自身も妻もまったく丈夫で健康で、胃腸も完璧で食事もともに楽しんでいた。だがしばらく前に突然妻に癌が見つかり、さほどの間もなく亡くなってしまう。
 もちろん不幸で無念なことだ。しかし彼本人の嘆きも妻の嘆きもほとんどというか、まったく書かれていないから、その悲しみは文章からは直接には読み取れない。それでも、その喪失と虚無は、とてもよくわかる。

彼は妻とそれなりの旅行や食事はしたが、会社の仕事が忙しく、なかなか相手ができなかった。そして、ある時期からは社内のリストラ担当になり、会社が退職させたい人物を退職に追い込む仕事を任された。彼は有能だったし、ずっとその仕事をさせられて、移動や単身赴任が続き、なかなか妻といっしょに暮らすこともできなかった。

そのへんの具体的な描写は簡単で少なかったと思うが、若い会社員が上司からこきつかわれていた日々とともに、わずかに得たリストラ関係の知識だけで、私はまたもや胸が凍り、またもや、地獄を見る気がした。

リストラは、あっさり言い渡せるものでもないらしい。これと目星をつけた人に、過酷なノルマを、その人自身が設定するようにしむけて、できるわけがないその目標で本人が追い詰められ消耗して退職を申し出るという過程を踏ませねばならない。何という残酷さ、何という非道さ。自らの限界を見つめさせ、誇りも自信も奪い尽くして、こわしつくした人間の抜け殻を放逐するのだ。本人の手で、本人の意志で。これももう、自殺でなくて何なのか。いや他殺ともいうべきか。大企業では、それがくりかえされているのか。人間をスクラップにすることが。

ベテランの強面会社員は、その仕事を続けた。多分妻との存在が、その家庭が、彼の人間らしさを奪わなかったのだろう。妻の病気が明らかになってから会社は初めて、その任をとき、自宅から通える部署に移動させた。しかしほどなく妻は死に、その葬儀か何かの席上で、彼は自分が高い目標を設定させて消耗させ、精神的な廃人となって退職した同僚の妻から、すれちがいざまに、人でなしとか自業自得とかそういった言葉をかけられる。

それは何度目かのお茶会で、親戚と妻の納骨をすませた帰り、黒服の彼に驚いた二人が、そんなに無理して来られなくてもよかったのに、とあわてて、彼はいつものように、大したことでもなかったから、とそっけなく応じた後で、ひょいともらした思い出話だ。もちろん涙も深刻さもなく、まあ無理もない、というニュアンスで彼は自分が受けたことばを教えた。

お茶会は毎回何となく続いており、今はまた新しいメンバーが思いがけずに加わっている。そうなるいきさつの中でも、この古参社員の対応はすばやく的確で迫力があり、凄腕で有能だった、そしてそれが磨かれた過去の仕事を思い出させる。強固な意志と体力と妻の存在で、彼は会社や組織に破壊されることなく生き延びた。だが、残ったのは、妻のいない部屋の現実と未来の寒寒とした世界だ。人と家庭を傷つけほろぼした思い出の数々とともに、生きていくしか、あてのない未来だ。

彼はあいかわらず、そっけなくぶっきらぼうで、そして、中年会社員とは対象的に、常にばくばくものを食べ飲み、中年会社員が食べきれなかった分も、ときどき頼まれて平らげている。その一見鈍感な様子が、見ている方には、せめて救いだ。三人が三人ともに、いとしくて、せつなくて、やりきれないのに、どこか笑える。

くり返します。どうか「しんぶん赤旗」を購読して、この連載を読んで下さい。

あーあもう。今日も家は片づきそうにもないじゃんか。昼ごはんのおかず、何かあったかな。

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カツジ猫