1. TOP
  2. 岬のたき火
  3. 日記
  4. 「ダウントン・アビー」断想(5)

「ダウントン・アビー」断想(5)

前回、イザベラ・クローリー夫人の演技について述べた。演じているのはペネロープ・ウィルトンという英国人の女優さんで、エリザベス女王から勲章ももらっている名優らしい。

私はラッセル・クロウをはじめとして、エリック・バナとかヒュー・ジャックマンとかいったオーストラリア出身のいわゆるオージー俳優のかもし出す、不思議にあたたかく自然で感情ゆたかな演技が大変に好きだ。だが、それとはまた全然ちがう、イギリスの俳優たちの、まるで感情を見せない無表情でいながら、すべてがこちらに伝わって来る、奇跡か魔法のような演技にも、しばしば本当に舌を巻く。

もう古い本なのだが、「シェイクスピア・オン・スクリーン」(狩野良規)という書籍を私はずっと愛読していた。映画化されたシェイクスピア作品について述べたもので、見られない映画でも、読み物として面白く読めて、わくわくした。勉強にもなった。

その中の、忘れられない一節がある。

リチャード・パスコのスクリーン向きではない無骨な顔が延々とアップで映される。じっとキャシャスの話に耳をそばだてている。かすかに目が反応するだけ。ほとんど表情を変えない。だが、地に足をつけて冷静に物事を考察するタイプの政治家が、ここではすさまじいスピードで考えを巡らしているのがわかる。みごとな内面の演技。アメリカのメソッド演技とはまったく異質な、しかもメソッド演技よりもはるかに人間の心理を浮かび上がらせる術を心得ているイギリスの舞台役者の力量。

これが頭に残ったせいか、その後のイギリス俳優の演技を見るにつけ、「何で表情変えないのに、何を思っているかが伝わるの?」と思うようになった。演技派とか重鎮とか言われる人だけじゃなく、メジャーでミーハーな人気のあるコリン・ファースなんかが、軽いふわふわしたラブコメに出ていてさえ、そうなんだから恐れ入る。

まあコリン・ファースも今は大ベテランだけどね。この映画も、見たいなあ!

「ダウントン・アビー」の役者さんたちも、皆そういった面々で、そう思えばクローリー夫人のあの演技なんかも、驚くにはあたらない。たしかに、すごくハードル高い挑戦にはちがいないが。

Twitter Facebook
カツジ猫