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「椿説弓張月」現代語訳の最終巻感想(1)

届いたとたんに一気読みして、巻末の訳者(菱岡憲司氏)の解説もそのまんま一気読みした。とにかく夢中で集中して一気呵成に読んだから、読み落としも読み飛ばしもあるはずで、ちゃんとしっかり再読しようと思ったが、そんなこと始めたら、またドツボにはまって感想書くのがいつになるかわからないので、とりあえず、めちゃくちゃとりとめもなく雑なまま、思い浮かんだことをかたっぱしから書くことにする。

最終巻は、琉球での政争というか内乱というかを、主人公の為朝夫妻を中心にした立派な人たちが力を合わせて終結させて、理想的な国を成立させるという、王道すぎる内容だが、敵味方が入り乱れ、正体不明の人物その他が登場して、息をつく間もなく油断もすきもならない展開が続いて飽きない。
 どうせ私の感想など、唐突で突拍子もないのは知ってる人は知ってるだろうから、いきなり書いてしまうけど、読んでいる間中ずっと、現代の世界情勢を見ているような気分になった。日本の現状と言いたいが、それではちまちましすぎて貧相でスケール小さく比較にならない。ここはやっぱり、トランプやプーチンやゼレンスキーをはじめとした各国の首脳や民衆のかけひき錯綜悲劇などなどぐらいでないと、ふさわしくない。翻弄される支配者や忠臣、抵抗勢力、そして民衆。子どものような若者から老人までが、それぞれの境遇の中で、抗い、生き延び、滅び、信念を貫き、相手や周囲をだまし、偽りの中に真実を守る。前回の感想にも書いたが、馬琴は無名の集団のような庶民や民衆を、決して敵視しないし軽蔑しないで、彼らをいつも正義の側に立たせる。そこには、前期戯作や近現代文学の孤高や絶望や暗さや悲観がなく、現代の時代劇にもひきつがれる、大衆文学の力強さと明るさと暖かさと信念がある。とは言いながら、その民衆の代表のような数名の庶民の中に、ちゃんと裏切り者やどっちつかずの愚か者も点描するから、すきがない。これまた突飛すぎるかもしれないけれど、プロレタリア文学や社会主義文学と共通する要素も、馬琴の作品には確実にある。

菱岡氏は解説の中で、馬琴がこのような理想郷の建設を、琉球を舞台に描いたことについて、保元の乱で為朝の側が敗北したという現実の歴史を変えることなく、虚構の世界であるべき姿を実現させたことについて、細かくていねいな分析を行う。悪が滅びた後の処理について最終の合戦の当初の描写の計画を省略して短くしてまで(本屋が冊数の関係で分量に制限を設けていたらしい)、「戦後処理」に長い部分を費やした馬琴の、この部分にかける熱意を紹介している。その具体的な例として、勝者であり次世代の支配層となるべき、為朝の家族や琉球の王室、功績のあった忠臣たちなどの、執拗なまでの王位の「譲り合い」について触れている。

たしかに、この中心人物全員の、「私はその器ではない」という徹底した譲り合いは、印象に残るのを通り越して、やや滑稽にさえ見える。レジで伝票を奪い合う奥さま方じゃあるまいしと、つい思ったり、「レ・ミゼラブル」のパリのバリケードの中で、残って死を選ぶのをたがいが争って仲間を逃がそうとする場面も連想したりする。そう言えばヴィクトル・ユーゴーの小説は、かなり馬琴に似ている。芥川龍之介が「全フランスをおおう一片のパン。ただしバタはどう見てもあまりたっぷりついてない」とユーゴーのことを評したんではなかったっけ。両者ともいい意味で大味で骨太で、でも馬琴の作品にはバタもジャムもはちみつもいっぱいついてると思うけど。

無理を承知で欲を言えば、私は馬琴のこの権力を持つひとたちの「譲り合い」が、保元物語の時代やそれ以後の現実の歴史に対する、馬琴の批判と主張であると同時に、当代つまり江戸時代の政治や社会情勢をどれだけ意識してのことかを、知りたくも思う。そしてまた、彼自身の家族親族生育歴の中から生まれた実感はどの程度作用したのかも知りたくなる。
 作家の実体験や人生を、そのまま安易に短絡的に、その人の作品の解釈に用いる手法を私は好まないし信じない。子どもの死や失恋や貧困や離婚その他を、いちいち作品解釈に利用する研究には、虫酸が走るぐらいで、そんな単純に現実の体験が作品に反映や投影されるほど、創作活動も人間も単純じゃあるまいと思う。
 だが、その一方で、たとえば今の私の生き方や哲学は、叔母の遺産処理で体験した親族や家族との関係の記憶や印象が強烈な基礎を作っているのも否めない。人のあさましさや潔さにどれだけ疲れ傷つけられるか救われるか、骨身にしみた体験は、生き方の根本を左右するほどの説得力を持つ。それを思うと、通り一遍の解釈ではなく、馬琴の家族や人間関係などの実体験が、この「譲り合い」の理想化にどれだけ関係したのかしなかったのか、検証してみたい気分にかられる。

もちろん、「弓張月」を書いた時点では、馬琴にそれほど強烈な実体験はまだなくて、読書や資料調査から、構築した理想国家の道徳だった可能性もある。それだからこそ、やや型通りで滑稽な印象を与えるほど、生硬さが残る叙述になったのかもしれない。
 ちなみに「弓張月」で、為朝夫妻が最後まで忠誠を尽くし、またしばしば彼らに救いの手をさしのべるのは、保元の乱で敗北した元天皇の崇徳院で、彼はこの「弓張月」の世界ではいわば、王者で主君で最高神といっていい存在として設定されている。そんなこととは知らないで(笑)、私は授業用の自費出版の教科書で、上田秋成「雨月物語」の冒頭の短編「白峰」に登場する崇徳院と、「弓張月」で為朝の妻白縫の前に現れる崇徳院と、二つの場面を比較して、これがすなわち前期戯作と後期戯作の差であると、指摘したことがある。このホームページで紹介しているテキストの中にあるので、ぜひ読んでいただきたい。「第九夜・雨月物語と椿説弓張月」の章です。(このテキスト、あちこちミスが多いので、授業では訂正するのですが、ご注意を。この章は大丈夫です。)

馬琴は当然「雨月物語」は読んでいて、この白縫と会う場面は、明らかに「白峰」を意識し、文章も似せている部分が多い。そしてテキストで私は指摘しているが、近代人と共通する「個」の怨念を貫く「白峰」の崇徳院の孤高のすさまじいパワーと迫力は、明らかに「弓張月」をしのぐ。馬琴の虚構の世界で正義の味方の最高神として安住する崇徳院は、それに比べると影が薄い。だから大衆文学っぽい後期戯作は文学的に劣ると感じる人もいるかも知れない。しかし、現実と相反し価値観が逆転するパラレルワールドを構築して、敗北者の崇徳院を最高位に祭り上げた馬琴のすごさも、支配者や権力者にとっては、これまた危険かもしれなくて、それもまた文学の力ではないか、というのが私の主張だった。

それはさておき、「白峰」の崇徳院は、淋しい山中の墓に詣でてくれた歌人西行の前に姿をあらわし、勝者への恨みを忘れられず成仏できない苦しみを示す。西行はそれに対して、「あなたの言い分も筋は通っているけれど、あなたにもまちがいや足りないところはあって、それを自覚してほしい(そして安らかに敗北の結果を受け入れて成仏してほしい)」と説得を重ねる。結局それは失敗し、崇徳院は恐ろしい魔物(天狗)の姿となって虚空に消える。

保元の乱は、皇室の皇位継承問題がこじれたので、崇徳院は退位後に自分の子が天皇になるべきと考えたのに、それが実現しなかったのを恨んだのである。そこで西行が崇徳院に説得するのが、中国の故事を引いて、後継者が「譲り合う」という道があったのに、あなたはそういう努力をしなかった、だからいちがいに「正義が負けた、許せない」とは言えないですよ、ということで、説得の材料はほとんど、これだけしかない。「正当な継承」以上に「譲り合う心」が必要だった、ということにつきる。
 でも「白峰」の崇徳院はそれに納得しなかった。私が読み落としているのかもしれないが、「弓張月」の崇徳院は、その点どうだったのだろう?「弓張月」が作ったパラレルワールドの最高神の崇徳院が、納得していないままだったとしたら、為朝たちがラストであれだけ、「譲り合い」の精神を発揮し合うことについては、どう考えたらいいのだろう。このへんは、私の見落としもありそうで、もっと読み直してみた方がいいのかもしれない。

あー、もう少し書きたいことがあるのですけど、時間も体力も限界。残りは、また明日!

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カツジ猫