お茶しようぜ
「しんぶん赤旗」に連載されていた「燃える花の名前」が超面白かったものだから、本になったと聞いてすぐ買おうと思った。そうしたら、Amazonが扱ってなかったので、ついまあその内にと延ばしていたら、今日検索したら、なぜかどこでも買えなくなってる。人気作家なのに何でなのよ~。もしかしたら作者が加筆訂正などでもしてるんだろうか。こんなことなら最初にとっとと買っとくんだったと後悔してももう遅い。読めないと思うとますます買いたくなるんだけど、どうしてくれよう。
その次に連載が始まって、今連載中の「お茶しようぜ」が、これまたものすごく面白い。「しんぶん赤旗」の購読数は減ってるらしいが、私としては、この小説を読むためだけでも購読料は安いもんだと思うし、もちろん他にも役に立つ記事が多いので、誰にでもぜひ読んでもらいたいと思うぐらいだ。
まだ始まってまもなくだけど、いい意味で全然先が読めない。ネタばれってほどでもないから、冒頭の場面書いとくと、若いサラリーマンがホームで終電を待ってたら、いきなり二人の男に背後から組み伏せられて、ホームに押さえ込まれてしまい、電車はそのまま出て行ってしまう。
なんせそら、共産党の機関紙の「しんぶん赤旗」だから、当然(あ、いや、私だけかな)とっさに読者が予想するのは、この二人はきっと刑事かなんかで、若い会社員は身に覚えのない罪を着せられて、これから長い裁判闘争が始まるんだろうとか思うんだけど、これが全然ちがうのよ。
何と、その若い会社員は自分でも気づかず電車に飛び込んで自殺しようとしていて、それに気がついた後ろの二人(どっちも会社員だけど、知らない同士)がとっさに飛びついてとめてくれたってわけ。
語り手がその若い会社員だから、読者もしばらく何が起こったのかよくわからない。だって本人も自分の状態に気づいてなかったわけなんだし。
助けた二人は不安がって、若者を放置できず、終電も出ちゃったことだし、とりあえずそのへんで朝までお茶でも飲もうかって話になる。さすがに二十四時間営業の店はそのあたり(東京の繁華街)にも少なくて、三人はとりあえず駅前の「喫茶メーデー」という店に入ってお茶を飲む。
そのへんで、だんだん読者にも、二人の男の方が正しくて、この若者はちょっとおかしくなってたんだとわかって来るが、それを若者自身の語りで気づかせて伝えてくれるテクニックも、さりげないけど、うまいのよ。後になるほど気づくけど。
だんだん我に返ってきた若者は(この子が見るからに神経質とか病的とかデリケートとかいう感じじゃなくて、見た目も中身も健康そうで明るくて体育会系で陽気でタフで仕事できそうで常識あって、職場でも上司にでも絶対気に入られそうなキャラっていうのも、すごいというか、まだよく自分の精神状態がわかってないのに、二人の男に礼儀正しく折り目正しく対応して、礼を言ったりお金を払おうとしたり、ことばやしぐさのはしばしに、感じが良くてしっかりしてて、健康的っていうのが自然とわかる描写もすばらしい。言われてみればいかにもいそうだけど、でもこんなに普通で平凡でまっとうな若者を、手に取るように描いた小説、私は初めて目にする気がした。本人の体験なのか同僚や友人のリサーチなのか、すごくよく理解できる人となりだった)二人の男に聞かれるままに、自分の状況を語りだす。愚痴といえばそうだが、涙ながらの告白なんかとはほど遠く、むしろ、別におかしい職場でも上司でもないんだと納得しているから、そんなに暗い話しぶりじゃない。
それでも、読んでいる内に私は心が凍りついた。今の職場ってこうなのか。若者たちは、こんな地獄みたいな環境にいるのか。知らなかった。本当に知らなかった。
そのころ、どこかの職場で若い社員が飛び降り自殺をして、遺族が職場でいじめがあったと告発しているニュースを聞いた。以前の私なら、もちろんひどい話とは思ったろうけど、その実態は切実にはわからなかったし、その若者もデリケートで感じやすい人だったのかなという印象もどこかで持ったかもしれない。
でも、「お茶しようぜ」を数回分読んだだけだったのに、私には、その社員が、とてもまじめでまっとうなだけでなく、健康で元気で明るい人だったかもしれない姿が容易に想像できた。事実はどうあれ、一人の若者を自殺させるだけの職場の環境が、とても具体的に浮かび上がり、そういうことが、普通で珍しくもない職場がどこにでもあることが、実感となってせまって来た。
かつて知り合った若い人から、職場のいじめでの過酷さや、それによって精神を病み自殺しかけたこともあるという体験を一応は聞いていた。でも彼は有能で聡明で気骨もある優れた人だっただけに、私はいくぶん、その体験を個別のものとしてとらえてしまっていたふしがある。優れていたから嫉妬された、ちゃんと正論を言い、屈しなかったから憎まれた、それで集中砲火を浴びて精神も崩壊するほどの痛手を負って、仕事もやめた。何となく、そのようにとらえていた。能力の高い、意志の強い、人間として上等の人だったから、そんな目にあったのだろうと、漠然と感じ、彼を高く評価し信頼していたから、逆に一般化してとらえることができなかった。そのことにも初めて気づいた。
彼は立派な若者だった。しかし特別だったのではない。どんな若者でも、同じように非人間的な扱いをされ、こわれるか、それになじんで、今度は自分がより弱いものにそれをくり返す。そうすることをせまられ、そうなるようにしむけられ、それが成長だと思い込まされる。そして時には限界を超えて、犯罪に走るか命を断つ。
前に見たNHKの「バタフライ・エフェクト」で、日本の陸軍と海軍のしょうもない対立が日本の戦争を一段と悲惨にしたこと、そしてそのような軍隊組織が戦後の経済界にそのまま引き継がれたことが指摘されていたのも思い出した。そうやって、近代化されず人権も認められないままの職場が、今、若者たちをしいたげ殺して行っている。「お茶しようぜ」は、一見さして深刻でもないのどかなタッチの中で、その事実を完膚なきまで告発する。
本当に、悪いことは言わない。この小説を読むためだけでも、どうか「しんぶん赤旗」を購読してくれ。伏してお願い申し上げます。
さて、あと二人の会社員についても作者の筆はよどみがない。一人は中堅、一人はベテラン、それぞれの会社との関わりのなかで、若者とはまたちがった側面から、組織と個人と家族とが描かれる。同じような話の焼き直しではなく、思いもかけない方向から、人の人生の決してひととおりではない姿が浮かび上がって、退屈しないし、目も離せない。ということで、続きはまた明日にでも。
写真はテレビを鑑賞するベッドの上の猫たち(のぬいぐるみ。奥からアニャン、カツジ、キャラメル、シナモン)。叔母が遺してくれたベッドはセミダブルなので、彼らがいても、私はゆっくり寝られます。
