ぼくは、げんきだよ(カツジ猫)
じゃじゃーん!
みなさん、おはようございます。
まってたかーい?といいたいけど、かいぬしから、
「ちょうしにのるな」といわれそうだから、やめます。
ながいこと、ごぶさたしてたけど、
ぼくは、きょねんのらいげつのすえに、しんだ、かいねこの、かつじです。
しんでからも、せんぱいの、きゃらめるさんや、みるくさん、あにゃんさん、
しょだいねこの、おゆきさんといっしょに、まえのように、かいぬしとくらしています。
いきもののめには、ぼくたちはみえないんだけど、
かいぬしは、なにかかんじるのか、ときどき、ぼくたちにはなしかけます。
もちろん、まわりに、だれもいないときだけどね。
しょだいねこの、おゆきさんは、かんろくのある、こがおの、めすねこで、
うえの、おもやで、ほかのねこや、いぬと、くらしています。
「たばねてる、ってところかな」と、きゃらめるさんは、いいます。
かいぬしは、きゃらめるさんがしんでから、まいとし、めいにちをしていて、
もう、にじゅうごかいめになります。
「わたしがしょうしょう、ながいきしても、おまえには、そんなになんかいも、
めいにちのくようは、してやれないからね、かつじ」と、
かいぬしは、よくいっていました。
「そのかわりに、つきめいにちを、しっかりしてやろう」といって、
まいつき、ぼくのしんだひには、おはなや、おさしみを、そなえてくれました。
でも、このまえの、つきめいにちは、ぼくのすきな「ふく」のおさしみが、
このところずっと、おみせになくて、かいぬしは、ほかのさかなをかってきては、
「ごめんねー」と、あやまっていました。
そして、「まいつき、しっかり、つきめいにちをしてきたもんだから、
ほんとうのめいにちには、いまさらすることがない。
なにか、とくべつなことを、してやりたいけどなあ。
かれんだーをつくるか、あるばむをつくるか、なにかないかな」と、
ずっと、なやんでいました。
そうしたら、このまえ、やっと、ちょっといいことをおもいついたようです。
「めいにちまでは、ないしょだよ」と、にやにやしてるけど、なんだろうな。
ぼくの、どうぞうをつくって、にわにたてるとかじゃないよね。
「わからんぞ、かいぬしのかんがえることは」と、
きゃらめるさんは、おどかしながら、おもしろがっています。
ぼくたちは、ぱそこんをのぞいたりして、てがかりをさがしているけど、
まだだれも、みつけられません。
かいぬしは、ほかにもきになることがあって、
ひとつは、「ねんきん」が、ねんに、じゅうまんちかく、さがるらしいので、
「あまり、ぜいたくはできないなあ」といっています。
それよりもっと、きになるのは、「くまもと」というところで、
このまえ、おおきなじしんがあって、みずもでんきも、とまったりして、
みんなとても、くるしいまいにちらしいです。
このあついのに、どうしてるんだろうと、おもいます。
「とくに、どうぶつたちは、どうしているんだろう。
かいねこも、かいいぬも、ことりも、ほかのぺっともいたはずだし、
のらねこだって、くらしてたはずだし。
にんげんの、のむみずもないなかで、どうしているんだろう。
なぜか、いつもとちがって、どうぶつたちのことは、
ちらっとも、にゅーすにも、どうぶつばんぐみにも、でないのよ。
ほけんじょやらに、ほかくされて、しょぶんをまってたどうぶつたちもいたろうに、
みんな、どうなってしまったんだろう。
ねこも、いぬも、すがたがみえない、まちなんて、
みんな、どこにいるんだろう」と、まいにち、しんぱいしています。
「どうぶつあいごや、きゅうえんたいのひとたちも、
にんげんが、あんなにひどいじょうきょうだったら、
どうぶつを、すくいにも、いきにくいだろうし、
みずや、えさも、やりにいきにくいだろうし。
うしや、うまや、ぶたや、にわとりは、いなかったのかな。
きになって、しかたがないよ」と、いっています。
「かつどうしているだんたいもあるようだから、
のらねこに、にわをあらされていらい、ずっとやめてたけど、
また、きふでもしようかな」と、かんがえているようでした。
ぼくたちは、もうしんでるので、あつさもそんなに、くにならないけど、
かいぬしは、きをつけてもらいたいし、
みなさんも、ひさいちのひとやどうぶつも、げんきでいるといいとおもいます。
きょうも、あつそうだし、ぼくたちは、いまからまた、ひとねむりします。
しんでいたって、たいちょうかんりには、きをつけておかないと。
