ウサギを殺せる?
授業の後でジムに行き、その後映画館に行って、「ジョジョ・ラビット」の最終上映にすべりこむ。何だか一日が三日ぐらいに感じる日。映画は画面が言うに言われぬほど美しく、母親役のヨハンセンがとても魅力的だった。何となく「れくいえむ」の、なおみのお母さんを思い出しちゃったなあ。もっとずっとしっかりしてるが。自由で華やかな魂が、同じように見えるのだろうか。独裁下や戦時には、一番痛めつけられる精神なのだと、あらためて実感する。主役の少年と自転車を走らせる場面の軽やかさは、妙に泣けて来そうなほどだった。
タイトルの由来でもある、主役の少年のあだ名は、ヒトラー・ユーゲントのキャンプの軍事訓練で、かわいいウサギを殺せと言われて殺せなかったからつけられた。たしかベトナム戦争のころの新聞記事で、米軍が戦闘訓練で新兵に同じ課題を出していたと読んだことがある。新兵たちにウサギを与え、かわいがらせる。優しい気持ちになったところで、そのウサギを残酷に殺させる。そうすることで人間性を奪い、人を殺せる人間に作り変えるということだった。
大学生だった私は、その記事を読んで、もちろんけしからんと思い、学内で皆とやっていた反戦運動にも一段と熱が入ったものだった。だが、その時も今も心のどこかで思っていたのは、そんなの人を平気で殺せる訓練になるんかいな、少なくとも私にはあまり意味ないなということだった。
そんな訓練をされたら、私はほぼ絶対にジョジョと同じようにウサギも猫も犬も、もしかしたらちょうちょやトカゲ、芋虫や蜘蛛あたりまでも殺せないかもしれない。
でも、そんな私が、昔も今も、人間は平気で殺せるだろう。赤ん坊でも高齢者でも女性でも、必要と思えば何のためらいもなく。動物を殺すときの嫌悪感や拒否感や罪悪感を、人間相手なら、多分ほとんど私は感じないですむ。
ああ、行方不明になっていた友人は、今日やっと電話が通じました。やっぱり海外旅行に行ってたそうな。北欧のどっかから私にハガキも出したそうですが、まだ届いていない。その前の旅行でアフリカから投函したハガキもまだ。悪書ポストとまちがえて放りこんだ気もすると友人は言っている。