バッグの中は荒れ模様。

◇銀行に行ったり病院に行ったり、このところ多方面に動いているものだから、バッグの中に領収書や書類が、あっという間にやたらとたまり、レジやその他で、保険証や印鑑やカードや小銭入れを出す時に、いつも悪戦苦闘する。大抵前もって出しておくのだが、何かの都合で、とっさに探さなくてはならなくなったとき、まるでどこか別の時空につながっている底なし沼のように、めざすものがバッグの中をいくら探しても出て来ない。

確定申告で病院の領収書をかき集めるのに死ぬ目を見たので、何とかひと月か一週間ごとに、バッグの中身や領収書をすべて放りこむことにしている引き出しを整理して、封筒に小分けでもしておくようにしようと、ひそかに決意を固めたのだが、もはやそれが挫折しかけている。いや、挫折というのは、いったんはやって中断することだろうから、始める前から挫折するのは、いったい何と言うのだろうか。

◇とまれかくまれ、今日は、この前の飲み会のときに、ふとんをもらって下さるとおっしゃっていた、ご近所の方に、叔母の遺した羽根布団の少し古いのとかをさし上げた。ふわふわ軽くて気持ちがいいので、好きだったが、クローゼットを占領してしまっていたので、この方がいい。以前にさし上げたふとんを、今度就職か入学かして、遠くに行くお子さんに持って行かせたと言っておられたので、そうやって使っていただけるのなら、叔母たちだって喜ぶだろうと思った。空きができた棚の上には、明日洗濯したまま積んでいた毛布やふとんカバーを入れる。

ひとつには、いくらジムで身体をきたえていたっても、こんな高い棚の上に、ふとんを上げ下ろしするのなんか、できてあと五年だという気がするので、早いところ、手の届く範囲だけに収まるように、服もふとんも減らしておいた方がいい。
少し前に、そう思いながらふとんや毛布を整理して、最後まで自分で使うものと、人に上げていいものを、だいたい覚えていたので、今日もさっさと決断できて助かった。比べるものでもないかしれないが、母の亡くなったとき、私があまりあわてなかったのも、いろんな荷物の処分などを、ひまにまかせて考えていたからかもしれないと今になって思う。そして、学問も、こんな風に、ふだんからいろいろあれこれ考えていたら、論文なんて、きっとあっという間にいくつも書いてしまえるのだろうと、それもぼんやり予感する。私の記憶力は最近地に落ちているが、その分、そういう判断や感覚はものすごくとぎすまされて来て（手抜きの才能とも言う）、弱くなった部分をそれなりに補っている。

◇母と言えば、葬儀に来て下さった近くの町の共産党の元議員さんに、お礼の手紙を出したのに返事が来て、母には選挙のたびに世話になった、他の人には頼みにくいことも「いいよ」の一言で引き受けてくれて「腹の据わった女性だな」と思っていたけど、葬儀のときの私の謝辞を聞いて納得したと書いてあった。もうご高齢のはずだが、文章も文字もすごくしっかりしていて、お人柄がうかがえた。
それにしても、母はどういうことを引き受けていたんだろうかと、ここに来て妙に興味がわく（笑）。もう聞く機会もないだろうが、それでも、こうして母を知る方から伝わってくる生前の母の姿は、私が知らないものであっても、意外なものはひとつもない。遠いこだまのように、どこでも、いつでも、私がよく知っている母の面影だか面魂だかが、目に浮かぶように、手に取るように鮮やかだ。そうか、腹の据わった女性と思われていたのか（笑）。

◇先日遊びに行ったお宅にいた二匹の猫さんが、オレンジ色の一匹は昔のおゆきさん風の、ちょっとぱさぱさした手触り、白黒のもう一匹はぴかぴかつややかで、それに目が慣れて帰ってくると、うちのカツジ猫はふわふわしているが本当に、灰色の煙か霧のように、もわっ、ぼやっとかすんでいるというか、影が薄くて、思わず笑ってしまった。宙に溶けて行きそうな、このはかなさが、何だか切なくなるのが、こいつの人をたらかす武器なのかもしれない。

◇今日、血圧の薬をもらいに行ったついでに、肺炎の予防接種を受けて来た。３月いっぱいだと高齢者は無料になるらしくて五年間有効らしい。宗像市も味なことをしてくれる。
体調がいまいちなので、ちょっとためらったが、今日はちょうどジムも休みで運動も入浴もしないから、ちょうどいいかと思って受けることにした。幸い、特に副作用もないようだ。受けた証明書をくれて、五年後にまたと看護師さんが言うので、「五年後にはぼけてるかもしれない。こちらにも記録はあるのですよね」と言うと、笑っておられたが、さらさらの冗談でもないと、きっとおたがいに考えていたはずだ。まあ、五年後には、家も片づいて、猫はカツジだけになって、私ももうちょっと優雅に暮らしているといいけど、案外共謀罪で牢獄にいたりして。