嘘…
今日は朝から人間ドックに行った。詳しい結果はまだ後でわかるけど、どうせあっちこっちガタが来ているにはちがいない。最近、胃の調子が悪かったので、絶対どうかなってると思っていたが、それは大丈夫そうで、むしろ胃カメラで胃を洗ったら、何となくすっきりした。
待ち時間が長いので、読む本を持って行った。橋本治の文庫本「これで古典がよくわかる」と、読みかけていた「ユダヤ人を救った動物園」の二冊で、前者は途中で読んでしまったので、後者を半分ほど読んだところで(この本は活字も小さく、中味もぎっしりで、映画になったりしたわりには、とんでもない重量級だ)検査は終わって、解放された。その後、久しぶりの街でお茶して、陽に輝く町並みを見ながら、いつまでこういう楽しみが味わえるのだろう、何年生きていられるのだろうと考えたりしていて、帰ってパソコン開いたら、橋本治の訃報が出ていて、「嘘…」と、ちょっとしばらく口を開けていた。
湾岸戦争が始まったとき、私は自分がとうとう、戦争をもくろむ勢力に向かい合う先頭に立つ位置にいつの間にか来てしまったと思い(主として年齢的な意味で)、手塚治虫さんと開高健さんはもういないのだとあらためてかみしめた。
それから更に何十年だろう。気がつけば、あの時は予想もしなかった橋本さんが、いつの間にか、私と肩を並べて立っていてくれた。いや、影響力とかそういう意味では、ずっと私の前方に立っていてくれていた。
そして、その人がまたいなくなった。行ってしまった。
私はまた、一人で先頭に立っている。
いつまで生きられるかはわからないが、できるだけのことをするしかない。
橋本さんの本をとても全部は読めていない。
そして、読んだときもいつも、多分自分には全部わかってはいないと感じた。
橋本さんの言いたいこと、伝えたいことは、いつも、ほとんど誰にも伝わっていなかったのではないかと思った。
正しい考えでも。わかりやすい表現でも。複雑過ぎて、高級すぎて、鋭すぎて。
この人は、いつもどんなに孤独だろうと、よく思った。
どんなに腹立たしくて、淋しいだろうと、よく思った。
私だって、会っても、話しても、理解者にもなれなかったし、慰めにもならなかったろう。
しかたがない。それだけ先を行っている人だったのだから。
それでも、いつも思った。こんなにすぐれてしまった人は、皆の中に生きていて、どんなにいらだたしいだろう。どんなにつまらないだろう。
あらゆる意味で、それをどうともしてあげられない自分が、申し訳なく、もどかしく、情けなかった。
ああもうしかし。
気をとりなおして、仕事をするしかない。
写真は、私が昔住んでいた田舎の家。家具とかはちがっていますけれど、大学院生のころ、帰省したらこの部屋で橋本さんの本も読んでいた気がする。