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母と、母の母(12)

都留勇さんという人からの祖父への手紙がいくつか残っているが、この手紙に登場する人かどうかはわからない。親戚の若者だろうか。

前の手紙に登場した、金鉱の話もちらと出て来る。結局この話は詐欺だったのだが、幸い被害にはあわずにすんだ。この時点ではまだそのことはわからず、祖父母も金もうけを期待していたのだろう。

停電は私の子どものころもよくあって、なかなか復旧しなかった。わが家だけなのか、地域一帯なのか確認しようと私たちはよく、駅前の町なみが田んぼの向こうに見える廊下の広い窓の前に集まった。そちらの家々の灯りが点いていれば、わが家の方に問題があることになる。見渡す限りまっ暗だと、集落全体の停電だと確認できた。だからそのまっ暗さは、どこかかえって安心できるものだった気がする。やがて祖母が持ってくる、ゆらゆらとゆれるロウソクの燭台もどこか夢のようでお伽の国のように楽しかった。祖父の大きなデスクがおいてあったその広い廊下と窓は、家の中でもなつかしい空間のひとつだ。今その古ぼけたデスクは私の小さい家の中に鎮座ましましている。

御かはりないでしょね 早速ですが今月は百円送りましたからね 兄さんの洋服代を廿五円江戸町にたのめば中野に拂らって下さるでしょし 又あなた達が中野の前でも通るなら直接拂らってもいゝのよ そして八円はあのそれあなた達が持って来た反物代を御祖母さんに上げて下さいね そしていくらかのこりますから南生子に書方の月謝や電車代がいるでしょから三十円にそれ丈け増してやるといゝね 暖かになれば少しかるいものを着なくてはなりませんでしょからそんなことに使ふといゝね 南生子ちやんとよく相談してね 勇さんが去る廿四日にだし抜けに中山さんと二人で来たのでほんとびっくりしたよ でも久々で御父さんもおよろこびに成って相変らず色々とお話が盛んでしたよ でも生憎あの大嵐 長崎は何ふであったか知らんがこゝはひどく夜は電燈も消えて眞くらでしょ ほんとに閉口しましたよ 御父さんは何ふしてかお金はくれんでもよかさとおっしやたけど学生さんはたとへ一円でもどんなに嬉しかろうとおもって小さいのを七円やつてやりましたよ とてもうれしそうでした 鹿児島の金山のよい便りを日々鶴首して待って居ります 今度はあなた方にもきっとうれしいたよりをして上げることが出来やうとお母さんもたのしみです 今日は取り急ぎ是にて止します
                     母より
    澪子様

四月廿三日

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カツジ猫