母と、母の母(2)
母への祖母の手紙第二弾。第一回に比べたら、これはわりと普通の内容。中津の小鳥屋さんとは長いつきあいで私も祖父といっしょや、自分だけでよく買い物に行きました。長い年月の間には、こんなこともあったのですね。
光というのは「兄さん」つまり伯父の名前。信有会は有信会のまちがいみたい。今もしっかりあるのですね。「金さん」はうちで当時働いていた朝鮮人の方。「ダウントン・アビー」なみに家族と深い信頼関係にあった使用人だったらしく、母はとてもなつかしがって、よく思い出話をしていました。たしか別れを惜しみつつ故郷に帰られたのだと思います。
「花の日」はキリスト教の行事。今も盛んに各地で行われている模様。わが家は信者ではなかったけど、教会とは深い付き合いがありました。そもそも祖母は少女のころ、米国の宣教師の付き添いとして各地をまわっていた人です。タウソン先生というのも、うちによく見えていた米国の宣教師の女性でした。白い髪とめがねと青い目とふっくらした顔や身体と幸福そうな優しい笑顔を今もぼんやり覚えています。
御手紙有がたう 梅雨に入ってから雨はふらず毎日風ばかりひどく吹いてます 田舎は今麥刈りの最中です 内の裏の畑も最うそろそろ刈るでしょからその後に一部分おいも(元が大好きだから)を造ると金さんが仲々世話です
お休みも日々近づきますね 内でも 光は今月末 活水連中は来月十日頃だろうかと毎日のやうに噂し合って居ります 兄さんは今頃信有会とて法学部ばかりの会ですが一同で伊勢方面に旅行してますでしょ 御父さんも殊の外多忙です
元も明十七日で試験も終ります
呑気な子で平常よりも却って遊んでましたよ そして体操の先生が逆立ちが出来れば十点やるとかって仰言って仕方を教へて下すったそうで始終逆立ちの稽古ばかりしてます 花の日はほんとにきれいなものですね 何でも美しいものには花のやうにきれいだといひますが何としても花のより美しいものはありませんね お母さんも十一日の日曜には中津のタウソンさんの案内で教会で花の日の催しをすませ御昼食は先生から呼ばれることになって居ります あなた達も夏休暇には連れて行きましょ
この一円はね ウグヒスとメヂロの餌をあの八坂町の小鳥屋に行って五十銭づゝ普通小包にして送って貰ひ度ひとおもってね 直接たのんでやってもよかったけど借家住ひの人はよく引越しますからとおもってね もしあの内が居ないやうだったらあの永見食料品店の隣りでしたか あそこにありますから何卒お願ひします 中津から買ってたけれどあそこの主人は悪るくてごまかしばかりするから御父さんが長崎に云ってやれと仰言るのです 小鳥飼ひも一通りの世話ではありませんよ
今年は何でも少しづゝおくれてますのでこちらには未だ蚊は一匹も出ません 暑さも未だですが今に汗だくだくせねばなりますまい この夏はアイスクリームでも作りましょと今度中津に行ったら買ってかへることにしてます お休に成ったら又皆さんとお一處に直ぐ帰る事ですね 長崎は暑いから
今日は返事方々お願ひまで
母より
澪子様
鳥のエサは小鳥屋に送らせたがいゝよ六月十六日