理想の老後
朝ドラ「ブラッサム」で、ヒロインが「ふしだらな女」という噂に数年も悩まされる話がたけなわだが、あんなの誇張でも何でもない。私の育った田舎では、もう死も間近の老女でも、若い頃男遊びがすごかったと、村では普通に言われていた。田舎暮らしなんて、そんなもんで、いいところも多いが、えげつなく、あさましく、やりきれないことも満載で、母は田舎にとけこみながらも、そういう点ではものすごく田舎を嫌っていた。まあ、今だって、学校や職場やSNSで、同じようなことがくり返されているから、人の住む世は、しょせん、そんなものかもしれない。
その後の番組では、二拠点生活の魅力をテーマにしていて、誰も訪ねて来ない一人暮らしの幸福や快感を語っている人も多くて、笑いつつ納得した。あらためて思うが、私の平和運動や九条の会や組合での活動は、言ってみれば介護や子育てのようなもので、一応やるだけのことをしたから、もう休ませてもらおうという気分なのかもしれない。死ぬまでそれが生きがいでも、もちろん幸せな人もいるし、それはそれでももちろんいいが、多分私にはむいてない。
先日、敬老の日にテレビ局がプロ野球のホークスの選手たちに、老後はどんな生活をしたいか聞いていた。ゴルフに連日明け暮れたいとか、家族とのんびりしたいとか、浜辺の家で暮らしたいとか、犬を飼いたいとか、孫と遊びたいとか、もっともな回答も多い中、若い二十歳そこそこの前田悠伍投手が、「あちこち旅行に行きたい、夕日を見たい」と答えてたのが、たしかに本心だろうしまじめでかわいかったけど、そりゃその若さだったら老後のイメージなんかできないよ、かわいそうなこと聞いてやるなよと、同情しつつ笑った。
今やチームの中心で花形の周東佑京選手は、昔からどこか意外で読めないところがあるのが面白いのだが、その時の回答でも、山奥でゆっくりしたい、人に会いたくないと「八犬伝」の犬士たちの晩年みたようなことを言っていて、コミュニケーション力が抜群で、ロッカールームでもいつも一人でしゃべってると皆に言われているのとの落差がすごかった。
その後、別の記事で、たゆまぬ努力をして上をめざさないと現状を維持できないと向上心の塊みたいなことを話していて、それはまあ他の誰もがそうなのだろうが、「上を目指し続けないと、僕は一気に衰退するタイプだと思うので、常に上のレベルを頭に入れながら、やらないとダメだと思いますね」としれっと言っていたのにも恐れ入った。今では成績も人気も最高の状態というのに、「一気に衰退するタイプ」と自分で分析予測してるのが普通じゃない。一方で、日本シリーズでは絶対に勝たなければという強い決意を、どう見ても本心で熱く厳しくあちこちで語っているのが、これまた何だかすごすぎる。
柳田選手や松田選手、中村晃選手など、往年の名選手が「衰えて引退する日を想像したら泣きたくなる」というファンの嘆きはよく聞くが、まだ全盛期で若いわりには、周東選手は同じような「いなくなったらどうしよう」「衰えるときのことを思うと泣けてしまう」などというファンの声がわりと多くて、何でこんなに今から不安がるファンがいるのか、ちょっと不思議に思っていた。ひょっとしたら、本人の「自分は一気に衰えるタイプ」とか考えているのが、どこかににじみ出しているからかもしれない。
まあ、こんな自己分析が正しいとは限りませんけどね。私の祖母なんて、細くて弱くて、三十代から死ぬ死ぬと祖父を脅かしていたのに、実際は働き抜いて戦中戦後も生き抜いて八十八で死んだ祖父を追い越して九十二まで生きましたからね。世の中そんなもんです(笑)。
話はどんどんまたそれて行きそうですが、要するに、人付き合いが好きで上手な人でも、だからこそ一人が好きということも、案外よくあることかもしれない。淋しいだろう不幸だろう物足りないだろうと、あんまりあっさり決めつけてほしくはないのよねー。そんな人もいるとは思いますけれど。
この家が建った十六年前にお祝いにもらったシクラメンの鉢がまだ元気で、しばらく葉っぱだけになっていたけど、昨日見たら、つぼみの小さいのもひとつ出てきていて、ぶっとびました。写真でどれだけわかるかなあ?
