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腹を立ててないわけじゃない

最近、政治関係のことをほとんど書かなくなってるけど、もちろん文句がないわけじゃないのよー。ネタがありすぎて、もう書き切れないだけなのよー。

そもそも、古い話だけど高市首相の内閣改造ね。「あんたもう、いよいよ国民に喧嘩売っとるのか」と唖然としたのと、「マジでこんな人たちしかいないのかもしれない」とひとごとながら自民党が心配になったのと、あい半ばして、言葉をなくした。犯罪者もどきだの、タレントでしかないタレントだのと、そればっかりはおやめなさいというような人たちのオンパレードなんだもん。

その脱力感から立ち直れない内に、トランプさんとの会見で、その後の中国とアメリカの蜜月ぶりと、それにあわてて、国際電話でトランプさんと親密さを確認して、いやそれも実はしてないと言われたりして、何から何まで、もう見てらんない。

高市さんもたいがいだが、どうして誰もとめないのか。いや、記者会見とかさせないのは、とめてるってことなのか。それにしても、かつぎあげたら、もうちょっとは助けてフォローしろよ。「首相、それはまずいっちゃないですか」ぐらい誰か言えないのか。それとも、どこからどう手をつけたらいいのか、もはや誰ももうわからなくなってるのか。あり得ないこともなさそうだから、恐いのよ。

以下は半分ぐらい、ただの私のくだまきなので、読み流して下さいませ。
 そもそも、いまさらこんなことに文句言うのも大人げないけど、日米会談がまあ無事に(ほんとは無事じゃないけど)すんだあと、米中会見のべたべた蜜月ぶりにびっくらこいて、電話で「私たち仲よしでしたよねー」みたいな確認するなんて、私のいっちゃんキライなしぐさだ。いや、超個人的な趣味だから、別に一般に通用しなくてもいいけどさ。

その昔、加藤周一氏が「羊の歌」の本の中で、尊敬する先生が誤解か何かで自分のことを怒ってるか批判してるか何かそういう噂を聞いて、「しかし自分はそういう時に直接聞かれるのでなければ、自分から弁解はしないことにしている」(記憶で書いてるので、だいたいの意味ですが)、それがモットーだから、どんな対応も連絡もしないし、探りを入れたりもしないで、そのままにしたと書いていた。多分その先生との仲が修復されることはなかったのだろう。知らんけど。

私は自分がそこまでストイックになれるかは自信がない。しかし、それは棚に上げて無責任なことを言うと、私は周囲の人間にあんまり高級なことは求めないから、たいがいのことは笑って面白がって気にしない。しかし、たまに虫の居所が悪いと、黙殺したり愛想悪くなったりはする。もちろん、ただ単に疲れていたり時間がなかったりするだけで、別に怒っても不快でもないときも多い(そっちの方が多い)。現に今も、書きたい、書かなきゃならない手紙の返事が十通以上たまってて、もはやストレスにさえなってないほど、するべきことをしていない。

仮に、何か不快だったりうるさかったりして、対応が乱暴になっても、そう深刻な場合は少なく(というか、めったになく)、ただ、いつものように適当にあしらうのがめんどうくさくなっただけである。その人に対する評価も好悪も、まず全然変わってはいない(変わったら、そんなの気づかれないようにかくしますよ、いくら疲れてたってバテてたって)。

ところが、たまにだけど、これで変に動揺して「何か先生を怒らせたのか」「もう私たちの関係は前のようじゃないのか」みたいなことを気にして、しきりとさぐりを入れるというか、私の真意を探ろうとするかで、ちょっかいをかけて来る人がいる。
 あのですね。余人は知らず、私は相手に本当に怒ったり関係を断とうとしたりしたら、そんなの相手に気づかせませんよ。少なくとも十年かもっとぐらいは。切り捨てようと思ったら、時間をかけて、相手に気づかれないように切り捨てます。私の腕を見くびるんじゃない(笑)。

もし、「私は先生にとって、そんなに大切な存在じゃなかったのかしら」「何がいけなくてそうなったのかしら」とか気になったら、気にする必要はありません。私は人をめったにというか、ほとんど評価しませんが(「あの人どんな人?」と聞かれても、家族や親友でも「よく知らない」「わからない」と言いますし、それはまったく本心です)、その代わりに長い年月のさまざまなことで「あらこれは」「おやこれは」と思うことがあれば、動かぬ証拠や第一級の資料として、こまめに積み上げて「こういう人か」「そういう人か」と全体像をとらえて行きます。それはたいがいの、いやすべての場合、否定や拒絶にはつながりません。私と生き方や考え方のちがうほど、面白いし、参考になるし。敵を知りおのれを知れば百戦危うからずというじゃないですか。だから、誰もが大切です。

ですから「自分は嫌われたのかしら」「好かれてなかったのかしら」と、今さらあわてる必要なんか何もない。あなたへの私の評価は「まだこの部分はわからない」も含めて、長年かかって築かれたもので、そんなに一朝一夕で変わったりするものじゃない。これまでもこれから先も。だから、ここ最近の私の発言や動向をさぐって、何かを見つけようと思ったって、見つかるわけがないでしょうが。無関心ということも含めて、あなたへの私の評価はとっくの昔に定まってるんですから。

相当の期間、粘り強く私を観察するひともいたし、しばらく見ていてすぐやめる人もいました。前者の執拗さ、後者のあきっぽさ、どちらも私には新鮮な発見だったり、知っていたことの再確認だったりしましたが、どっちにしても、大したことではありません。

二つだけ言っておきます。これはゆっくりじっくり話してこちらの気持ちを伝えたいと思った相手には、私は「もう少し待って。ゆっくり話すから」と伝えたし、もし正面から「何かお気に召さなかったでしょうか」と聞かれたら、ちゃんとまっとうに本心を全部話します。どんなに不器用でも見当違いでも失礼でも滑稽でも、そんなことは問題にはしません。誠実に対応して本心を伝えます。その結果どうなるにしても、多分おたがいにとってマイナスにはならない。

そういう関係になったというか、それを保ってくれた人もいました。傷つけ合ったし別れもしたけど、それは無駄なことだったとは思いません。そういう相手のことは尊敬してるし愛してもいます。
 でも、それをしないで、ちょろちょろべたべた私をさぐって、私の回りをうろちょろして、知りたいことを知ろうとする人もまた多い。そんな程度で何かをわかられる、わからせるような生き方なんか私はしてないし、そんな一夜漬けのお手軽な手法で、私や他人の何かを理解できるなんて、うぬぼれと、世の中なめるのもいいかげんにしとけと言いたい。

私に関して言うならば、あなたを理解するためにあるいは理解する価値があるかどうか知るためにかけた時間と、あなたが、今さらあわててちゃかちゃかと、私を知ろうとそのへんをくるくる走り回る時間とは、長さだけでもとっくに比較にならないんですよ。そんなことすら想像も予測もできない人が、何の危険も犯さないで覚悟もしないで、知れるものなど、この世の中にひとつもない。あなたへの私の評価は気にしないで、自分らしく生きて行けばいいんです。別にあなたがいなくていいとも、滅んでほしいとも思ってませんから、心配することなど何もない。

いやあの、何の話かって言いますとね…(笑)。
 今さら言うまでもないことですが、私はトランプ大統領は究極のアホと思ってるし、私とは似ても似つかないと思ってます。でもさ、たださ、この一点にしぼって言うとね、適当につきあって、これという魅力や強さや面白みもない相手が、その直後、こっちが別の相手と最高に盛り上がって楽しんだ後で、「私たちのあれは何だったんですか~。私のことも忘れてないですよね~」なんて連絡して来るなんて、どっからどう見ても、もううざいし不愉快だしアホとしか思えないし、そんなところで、そんなかたちでダメ押ししてくるなんて、あらゆる意味で下手すぎるまずすぎる間抜け過ぎるとしか思いませんか皆さん。

高市首相は妙な流し目や、べたつきくっつきその他で、どなたかが言って物議をかもした「田舎のホステス」風の外交でよく攻撃批判されるわけですが、そういうのしか武器がないとしてもですよ、それこそ田舎のホステスでも銀座のホステスでも、こんな下手くそ過ぎる手練手管は使わないでしょうに。女を売るなら売るでいいから(よくない)、もうちょっと巧みにやらんかい。

ほらあ。だから私に今、この手の話をさせたらとめどなくなるんだからさあ。すみません、まだ言いたいことや、お伝えしたいことが、ありすぎて、これはほんの序文なんですけど、今夜はまあここまでに。

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カツジ猫