ぼくの、そんざいかん(カツジ猫)
みなさん、おはようございます
あめがふりそうで、ふらない、へんなてんきです。
にわのひがんばなが、まんかいだったのが、
すっかりかれてしまったので、かいぬしは、
「ぱーてぃーが、おわったみたい」といいながら、
かれたはなを、ぜんぶきって、ついでに、
「つちがしめっているから、いまだ」といって、
すこしだけ、まわりのくさを、ぬきました。
「これで、ちょっとは、すっきりなったか」と、
きげんよくしていますが、まえがひどかったから、
「すっきり」ってほどではないと、ぼくは、おもいます。
にわのあちこちには、ばらのはなが、いっぱいさいていて、
かいぬしは、「あきだねえ」と、よろこんでいます。
「さいきん、くまのにゅーすを、ちっともきかないが、
もう、とうみんしたのかしらね」と、
それもちょっと、きにしていました。
ぼくのことが、かいてある、むかしの「ぶろぐ」のきじを、
かいぬしは、よみなおして、
「しんさいのときには、げんちのどうぶつたちのために、
いろいろ、ぶろぐでも、よびかけたりしていたんだよなあ。
げんぱつに、いた、ねこは『たま』となまえがついていたんだね。
ほごされて、かわれることになったようだけど、
もう、てんじゅをまっとうしたのかなあ」と、いっていました。
ぼくは、このころは、しなもんさんと、かいぬしをあらそって、
いろいろ、がんばっていたみたいです。
しなもんさんが、しゅじゅつをしたので、いちじき、ぼくが、
しんしつから、しめだされていたときのことも、
すこしは、おぼえています。
やっと、かいぬしの「いちばん」のねこになれたのに、
もとのとおりにもどったのかとおもうと、
すごく、かなしかった、きがします。
「なんで、そう、いちばんにこだわるんだ」と、
せんぱいねこの、きゃらめるさんはふしぎがります。
そりゃ、きゃらめるさんは、いきてても、しんだあとでも、
ずっと、いちばんのおきにいりだったんだから、
そうじゃないねこのきもちなんか、わかるわけがないや。
「かれは、まちがったほうこうの、『こうじょうしん』があるのよ。
いきてても、しんでからも、それはかわらない」と、
みけねこの、しなもんさんは、いいました。
「そのわりに、ちっともぎらぎらしてなくて、そんざいかんが、うすいのよ。
そこが、いちばん、かいぬしに、すかれているんでしょうね」だって。
「どっか、まがぬけてるところが、あるからな。
がつがつしてないし、せいめいりょくがあんまりなさそうだし、
きっと、そだちがいいんだろう」と、きゃらめるさんも、さんせいしました。
たしかに、そんなに、なにがなんでも、いきていたいとか、
おもわないもんなあ。
なんのどりょくもしないで、ぼうっとしたまま、
いちばんになれたら、いいなあ。
