行き掛けの駄賃
最近の高市首相や小泉防衛相、麻生太郎やその他の言う事する事しない事(笑)の数々を見聞きしていると、何かしらひとりでに、「行きがけの駄賃」ということばを思い出す。メディアはかたくなに報じないけど、首相の退陣を求めるデモや集会は、ほとんど毎日全国で行われているし、かつてないほど、参加する人も増えてるし、いくら何でも、この内閣は、もうそう長続きはしないだろうそうでなきゃ困るとは思うものの、本当に何をしたらいいのかもうわからない状態のまま、滅びる前に徹底的に、あらゆるルールや常識を、ぶちこわして、しないでいいことのすべてをやってのけて、国も人の心も焼け野原にしたあとで、やっとこさ見苦しい廃棄物になるんだろうなという、身の毛のよだつ予感がするのよ。
ところで、カツジ猫のタマシイがぼやいていた、下の家のはなれの、祖父のデスクの上の新しいレイアウトは、ざっとこんな感じです。実はとうとう、しゃれこうべを買ってしまったんですよう。ネットでね。二千円ぐらいで、まあまあ手の届く値段だったのもあって。
たしか、シャーロック・ホームズが、しゃれこうべを大事に飾ってたんだよね。葉巻入れにしてた…のは、スリッパだったか。でもそんな思い出もあって、ちょっとあこがれてたのは否めない。

石膏像は、祖父のものです。中国の南京で大きな病院を経営してたらしいから、この若い外貌と言い、そのころ作って、飾ってたのかな。背部にちゃんと作者の銘もあるし。
でも、その後、中国の暴動で、すべてなくして、他の日本居留民とともに、着の身着のまま命からがら日本に戻って来たはずなのに、この石膏像はどうやって持って帰ったんだか。
これは祖父の使ってたデスクだし、まあ当分はこんな感じでいいかと思ってるんだけど、カツジ猫のタマシイが「この机の上、ぼくが主役じゃない」とかって落ちこまないためにも、ずっと懸案事項になってる、ブログに書いたカツジのつぶやきを、小冊子で発売する計画も、そろそろ進めようかと思案中。あーもう、こんないらんことばっかしてるから、肝心の仕事も片づけも、ちっとも進まないんだわ。
ちなみに石膏像の前の、青いトレイにおいてある奇妙なはんこは、私が子どものころ、田舎の村医者だった祖父が、患者さんのカルテを作る時、備考欄にこれをおして、患部や病巣を書きこんでいたものです。