「馬の中」三冊目の表紙
新シリーズ「馬の中」(全三冊)の最終巻「夜」の表紙が、ほぼ出来上がりました。第一巻は真紅、第二巻は紫、に引き続いて第三巻のタイトルは黒です。どれもどこか不安定で風変わりで、不穏な感じを出したつもりなのですが、どうでしょう?(笑)

本来なら「水の王子」「砂と手」のシリーズを完成させたら、創作活動はいったん休んで、本来の研究生活や、家の片づけなどの終活に全力集中する予定でした。それをあえて、このシリーズの発刊を追加することに決めたのは、戦争と平和に関する、私にできる限りのメッセージです。
前の二シリーズに比べると、スピーディーで軽くて読みやすく、深刻なテーマでも、多分やたらと面白いです。いずれは前二シリーズと同じく安価な電子書籍も発売しますが、いつのことになるかわかりませんので、できましたらどうか、少し高いけれど紙本でご購入いただけたらと願っています。
これも前二シリーズと同じく、挿絵なしの本文だけなら、このホームページの「グラディエーター関係」「トロイ関係」のページで、すべて読めます。
ただ実は、ホームページの方では「12日間」だけは未完で中断しています。これはほぼ二十年前に書きかけてそのままになっていたのを、今回の発売に合わせて、いきなり続きを補充したものです。五十年ぶりに完成させた「水の王子」ほどではありませんが、長い長い空白の時期をはさんで、こんなに一気に続けられるとは自分でも予想していませんでした。
いずれはホームページの方も補充したいのですが、これまたいつになるかわかりませんので、「12日間」の結末が気になる方は、当面は紙本でお楽しみ下さい。
「砂と手」や「水の王子」でもそうでしたが、愚かな支配者、憎悪が生む悲劇、などなど、「馬の中」シリーズにも、この現代の世界と日常が大きく重なって描かれています。とりわけ、このシリーズではトロイ戦争という戦争に集中して、それを食い止めようと努力する人たちの姿が、恋と青春と家族愛にいろどられて、若々しく描かれて、きっと楽しんでいただけると信じています。
どうか、お読みになって、私たちの現在と未来に思いをはせて下さいますように。って、まだ発売もされていないのに、フライングもいいとこですね(笑)。今月中には何とかなると思いますので、どうぞお楽しみに。
ところで私、この年になって大古典の名作「高慢と偏見」にはまって、映画や各種の翻訳を読み漁っているのですが、ヒロインのエリザベスのはつらつとした知性と生命力と明るさが、「馬の中」のブリセイスにほぼ同じなくらい似ているのに気づいて、腰を抜かすほど驚いています。
ブリセイスは、原作のギリシャ神話「イーリアス」に登場する、トロイの王女カッサンドラやポリュクセネーなどもとりまぜた、アキレスに愛された捕虜の女性として映画「トロイ」では描かれています。映画を見たときから、この役は非常に重要で、女優さんはがんばっているけど、やはり演技力や存在感や迫力が足りなくて、そこの説得力がないなと感じていました。(「冬のライオン」の映画で、王の若い愛人役を演じた女優が、「重要な位置なのに、未熟さで、そこが伝わらない」とか、指摘されていたように。)
「高慢と偏見」のコリン・ファースの出ている映画のDVDを見て、とっさに、おいおい旧作の伝統かも知れないが、この話こんなにどたばたにぎやかな演出にするのかいとひるんだのはさておき、エリザベスをはじめとした女優さんたちが、あまりぱっとせず、特にエリザベスはどうかすると太ったおばさんに見えそうで、「英国の女優って、ほんとにきれいな人が少ない」と誰かが嘆いていたことを思い出したりしていました。
ところが、多分その嘆いていた人も認めていたと思うけど、彼女たち、演技はほんとにうまいのですよね。それも、はっきり気づかせないほど自然に。
私はラッセル・クロウが好きなので、彼やヒュー・ジャックマンなどのオーストラリア俳優たちが、みずみずしく繊細に表情や姿態で役柄の人物を表現するのに、いつも魅せられるのですが、コリン・ファースをはじめとした英国の俳優たちは、そういうわかりやすい表情や態度を、まったくもう、ちらとも見せない。顔も身体も動かさず、眉も唇もぴくりともさせない。一見、仮面のように無表情。それでいて、内心の感情や、その人物の生育歴までどうかすると伝えて来る。どうしてあんなことができるんだと、いつも舌をまいて、うなりました。
これ、女優さんもそうなのですね、当然でしょうが。さすがシェイクスピアの国。「高慢と偏見」のエリザベス役の彼女も、どうかすると、ものすごくきれいに見えて来るし、何より表情や口調の深さと厚みがものすごい。「トロイ」の女優さんの演技が紙芝居に見えるほど、圧倒的な存在感と説得力がある。
この人がブリセイスを演じていたら、もしかしてヘレンを演じていてさえも、「トロイ」の映画は、まったくちがった凄みや重みを持ったのではないかと思いました。そして、そんなブリセイスは、まさに私が「馬の中」で描いたブリセイスに他なりませんでした。
「高慢と偏見」には、もちろんさまざまの欠点や短所があり、二十歳そこそこでこれを書いたオースティンを、八十歳になった私はうらやましいとも恐ろしいとも思いません。とんでもないことを言いますと、自分が今、手に入れて持っている才能ととりかえようとも思わない(笑)。ただ、彼女が生み出してくれた、自然で健康で大胆な新しさにあふれた女性を、この年になってやっと生み出すことができていた自分が、誇らしくて、満足して、うれしい。エリザベスが多くの女性や男性を力づけ、よき未来に進ませたように、「馬の中」のブリセイスも、世の中や人々を温かく明るく力づけ、すべての人が幸福になる方向へ向かうまなざしを与えてほしい。それが、ささやかで強い、私の祈りです。