母と、母の母（１６）

今村呉服店って、今もあるみたいですね。すごい。
「ナタ」は諫早の方言で文末に使う丁寧語らしいです。
祖母の使用人への悪口はいつもながら、言われた方にも事情や言い分はきっとあるはずですけど、それに目をつぶって読むと、当時の使用人の採用や雇用形態の資料としてはかなり詳しくて面白いかも知れません。それにしても母は学生の身でありながら、けっこう一家の全権大使ですね。
「キヨチン」は祖母の親戚の女性。たしか私は一度お目にかかったことがあります。

前の手紙でも出ていた、「祖父の医業を継いで医者になる」問題が、この手紙でも継続しています。兄姉がならなかった医師になったのは結局叔母だったのですが、母は私に「誰もならなかったから南生子おばちゃんが、『いい、私がなる』と言ってなることにした」と話していて、それなりに姉妹の間での話し合いや了解はあったのだろうという感じでした。母がそう話したのも多分一度きりで、他の家族はそんな話は一度も私にもたがいにもしなかったと思います。いやーもう、よくよく過去を振り返らない一族やなあ。

写真は若き日の祖父と子どもたち。男の子はかわいくて、女の子はなかなかの面魂なのが笑えます。右端が母、抱かれているのは板坂元。

澪ちやん　この間から南生子がかへってたので何かいゝおみやげがあればと随分考へては見ましたが相変わらずで何もいゝものがなくがっかりしたでしょ
南生子はまあ帰った甲斐があったやうでした　上級学校問題が出た時に例によって又大阪女子医専に行ってはと御父さんの相もかわらぬお意見でしたがその話は出たばかりでしたが兄さんも医者嫌いで法文科　澪ちやんも同様で英専ですから南生子にばかりいやがる女子医専や英専はやらせ度くないとお母さんはおもひますよ　この問題は今直ぐにといって急ぐこともいりませんでしょが何にせ早晩定めてやらねばならぬことですから本人が希望してる福岡女専にやるやう皆して骨折ってやろうではありませんか　御父さんも活水の英専にはおやる気はないやうですから今からでも福岡女専行きを承知させましょとおもってます　今日は又あの荒木といふ馬鹿女が出た後釜の女に付いて相談がありましてかきました　美っちが看護婦に成り度いといってますから女中をさがさねばなりませんがこの邊の者は使へないしあの内に出入りしてたカマボコ屋ね　諫早の者でナタナタといふ人　内中町に居る筈だけど番地も分らないし又移転したかも知れないし直接には出せないからあのムスコが田中っていふのよ　濱町の今村呉服店に番とうしてるからあの子をたづねてお母さんに娘さんをやってくれないかって内から云って来たからってたづねて頂だい　今直ぐは台所の手伝ひをして貰らって後からは看護婦に又産婆に好きな通りにしていゝからといって下さい　もし娘が他に行ってゝでられないならよさそうなのを心配してくれるやう　月給は初めに十円出しますといって返事は学校まで電話なりハガキなりでするやうにくわしく都合よく話し成さい　又今急には出来ないが六月か澪ちやん達が帰る頃にでも都合がつくやうだったらそれまで待ってもいゝからね　もし田中が今村呉服店に居ない時はその弟が橋口かどこか居る筈ですから他の番とうに一寸尋ねて頂だい
もし何ふしても出来ないやうだったらキヨチンでも呼んで台所をさせましょから
日増しに暑くなりますから大事にして　南生子はバレーを初めたでしょか　御父さんは勉强に妨げるからするなと幾度も仰言ってましたからしても都合よく取計らふやうにたのみます　ではお願ひまで　今朝は鶴ちやんの写真が送って来ました　やはり年を取ってますから顔にそれが出てゝかわいところが少ないやうです　兄さんも元気で一生懸命に勉强してますそうです　舎監からも南生子安着の手紙がきてこちらから電報も打ち手紙も幾度も出してをいたから団体生活に理解下されてよくお届いてありがたい　まことにいゝお手本を示して下されまた皆がかくあれば寄宿舎も幸せだろうといってきました　お金は何ふでしたか　夏がくれば又色々買ひものもありましょから入用の時は知らせて頂だい　元も毎日毎日達者で通学してます　サッカーもやってます　廿一日には保護者会がありますからお母さんも初めてゞはあり一つ出て見て元の事もよくたのんで起きましょとおもひます
南生子の事はくれぐれも頼みます　又書きましょ　今日はお願ひ方々
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　母より
　澪子様
　

（五月十七日）