ハックルベリー(続く)
実は講談社の古い「ハックルベリーの冒険」を古本で買ったのですよ。それが届いて読んでみたら、これがまた訳がうまいの最高なの。私の肌や脳裡に刻み込まれたはずだわ、いろんな場面や会話や流れが。不愉快だった「王様」と「公爵」もふくめて、いやな恐い現実もきっちり楽しい現実として記憶に残っているからなあ。
その訳者は佐々木邦。同じ全集で、これも私が大好きだった「わんぱく少年」を訳した人よね。ご本人も立派な童話作家で、その作品も私は何かの児童文学集の一冊で読んだことがある。明るくてさわやかで、悪くなかったけど、翻訳ほどの強烈な魅力はなかったのか、あまり中味は覚えていない。
ちょこちょこ文章を加えたり、改変をしてるのだけど、それも全然悪くない。悪人の最後に、ちょっと同情してリンチへの批判を加えるとか、的確で有効で、しかも原作にとけこんでいる。
そして私が強烈に覚えていた、ラストの場面で、原作だと事実だけを書いているのに、ハックは「どんな悪人でも」と最期を悼み「ああ、神さま!」と嘆き、そばのトムも「かわいそうに。おい、皆でお祈りをしよう」とか言っている。
原作には皆無の、かなり大きな改変。その分、もしかしたら、しめっぽく、甘くなっているのかもしれない。でも、それが一体となって私の中に流れ込んだハックたちの姿も作品世界も、もう変えられないし、ひとかたまりに、それを私は愛している。
新訳の正確さはまったく疑ってないのだが、こうなると、岩波文庫の旧訳も読んでみたくなったが、検索すると、あまりにもいろいろあってお手上げ状態。こんなに各種あるのなら、近くの本屋で買えるかもしれないなと、少し弱気になっている。
「老人と海」にはまったときも、文庫本でいろんな翻訳集めて読み漁って楽しんだもんなあ。それの何が楽しいかというと、よくわからんけど(笑)。「推し」のいろんな写真をながめて悦に入るようなもんかしら。