人間らしい暮らし5-夜ふかし
一昨日の会議は何と2時半から7時までかかった。まあ、昨年はこの委員会、9時までかかることもよくあったというし、別の委員会は先日、夜中の12時までやったというから、文句を言ってもみっともないが、3時間も過ぎると思考力が麻痺してきて、何が正論なのかダージリンなのかアッサムなのか、もうろうとしてわからなくなる。
去年、東京であった教育大学関係の会議に出席されて発言されていた文部科学省の偉い人が、ちょうど池田小学校の事件が起こった後のことで、「その対策で、私どもは一睡もしておりません」と言っておられたのを聞いて私は、大変だとか偉いなあとか思う前に、まず、そりゃいかんと思った。何がいかんのかと言っても、それはうまく言えないが、うちの大学の改革の時もそうだったが、一睡もしないで仕事をする状況を作ってはいけないし、それでよい考えが浮かぶものではない。それをあたりまえにしては、もっといけない。たっぷり食べて、ぐっすり眠って、幸せな気分で考えないと、あまりいいことは思いつけない。
と、言いつつ、昨日は昨日で、学生との研究会のあと、夕方から友だちのとこに行って、紅茶とドーナツごちそうになってだべっていて、じゃあ、と車に乗って時計見たら、10時。時計がこわれてるかと思った。3時間近くしゃべってたことになる。花と野菜を買おうと思ってたゆめタウンはとっくに閉まってて、10時閉店の近所のスーパーにかけこんで、ようやく明日の(つまり今日の)お弁当のおかずの、きんぴらごぼうと煮豆を買った。小さい赤いバラと白いかすみ草もあったので、買って帰って、朝の残りの味噌汁と卵焼きで朝食みたいな献立の夜食をとったら、もう夜中。シンデレラの馬車もかぼちゃに戻る頃だ。そう言や、猫のドライフードも切れてたぞ。かんづめをあけてやってごまかし、ドライフードは明日の朝、ナフコで買おうと決めて、寝ようとしかけてれじゃあんまりとワープロの前に座ったらついまた、太宰府市史に手をつけてしまい、その後、ベッドにはいあがったところで、友人に頼まれていたエッセイの原稿にふとまた手をつけてしまい、ダブルで魔がさしたとでも言おうか、気がついたら3時だった。
私のふとんは、落として寝こけた万年筆のインクでしみがついている。それはもうしないと思って、夢うつつで万年筆を枕もとの机に放ってばたんと寝たら、いつもの通り6時に目がさめてしまった。口の中で悪態をつきながら台所に行って、猫と自分の餌を作る。正月に買った三本のオレンジのバラが少ししおれてきたので、首の近くをちょんぎって小さなガラスの花瓶にさしてたら、きれいに開いて、やわらかい色で輝いている。
流しのゴミ入れが汚れてたので、洗剤でこすってぴかぴかにしながら、「赤毛のアン」で、アンの新婚家庭に訪ねてきた、レイチェル・リンド夫人がマリラに、「アンは立派な主婦ですよ。私はパン箱とごみバケツを見ましたがね。一家の主婦がちゃんとやってるかどうかを見る時にはわたしはまずそうするんですよ」とかささやくのを思い出した。どちらもきれいで、きちんとしていた、とほめた後、リンド夫人はマリラに「もちろん、アンは、あんたにしつけられたんだからね。でも、その後で大学に行ったからね」と言うのである。台所のゴミ入れを片づけるたび、このせりふを私は思い出して、妙に笑ってしまう。
そう言えば、たしか庭のバラもつぼみを一つつけていた。今日あたり、切ってこないと。
「太平記」はもう終わりかけているのだが、探している記事が一つ見つからない。読み落としてしまったかな。そういうことはあまりないのに、これも老化の第一歩かしら。
ああ、そして今からまた会議。ひょっとしてまた夜までか?