ラフな格差論3-田舎におけるダイナミックな事情

いきなり「金貸せ」

私と同性同年齢、つまり60代の女性で母親と田舎暮らしをしている友人がいる。亡くなった祖父は小さな医院を開いていて、いわゆる村の素封家だった。
退職とともに入った金で、友人は築70年の古い家を修理し、裏の空き地に母の隠居所として新しく小さい家を建て、それで預金はほぼなくなった。

それまで町で仕事をしていてあまり家に居なかった友人は、見知らぬ中年女性がしばしば工事現場に出入りしているので母に、あれは誰かと聞くと「近くの集落の人で、家にできた野菜をときどき持ってきてくれる」とのことで、妙な話という気もしたが、さほど気にとめなかった。
新しい家が完成し、友人も家にいるようになったある日、玄関のチャイムが鳴るので出てみたら例の女性だった。母親が留守だったので何かご用でしょうかと尋ねると、女性はそれほどためらう風もなく、ごく自然に当然のように「おたくもこうして新しい家などたてたことだし、お金を20万ほど貸してもらえないだろうか」と言った。

妖怪めく訪問者

友人は何のことかまったく理解できなかったが、とりあえず、そんなお金はありませんがと答えたものの、何か貸さなくてはならない事情があるのかと不安になって「どういうことに使われるのですか」と聞くと、「うちも子どもがどうたら主人がどうたらでいろいろ大変なので」と要するに友人の一家とは何ら関係ない、ただ困っているので貸してくれという話だった。
友人は「すみませんが、うちもまったくお金はないので」とまだ何のことかわからないまま、ぼんやり応じた。すると女性は「またまた」と言って笑ったが、その顔が友人には本当に何か奇妙な妖怪のように見えたそうである。

「本当にないんですよ」と当惑したまま何度もくりかえすと、女性は宙をながめて「あ~あ」とため息をついた。友人が何だかまったくわけのわからない顔をしつづけていると、持ってきた野菜をくれようとするので、友人は「いえもう、そんな」とひたすらに断った。そういうやりとりを十分ほど続けて、女性は帰って行った。
あとで母親にそのことを告げると、「ああやって、あちこちでお金を借りて回ってるらしい」と母は言ったが、友人はおそらくすでにもう母はかなりの金をその女性に貸してしまったのだろうと感じた。

金持ちからはしぼりとれ

その女性は友人の母とも特に親しいわけでもない。それでも金を借りに来たのは、本当にただ、「あなたのところはお金もあって家も新築したのだから、赤の他人の私にも金を貸すのが当然だ」という理屈だけだったとしか考えられない、と友人は言う。その女性が特に変なわけでもなく、田舎ではそれが通用するのだと言う。大きな家があり、そこそこ豊かだと思われている村の名士のような人には、いくらでも金を要求してもいいということは田舎では不文律なのだそうだ。

友人の家も祖父の晩年は生活が苦しく、都会の親戚から生活費を援助してもらう日々だった。そんな頃、村で新しく墓地を建設する計画があり、友人の一家をはじめ、戦後になって村に定住した新しい住民はそれぞれ一区画を申し込んだ。その価格はかなり高く、友人の一家は親戚に援助してもらったものの、あまりの高額に親戚も当惑し、以後友人の一族が疎遠になり、やや大げさに言うなら崩壊してゆく大きなきっかけになったという。
そして、もう親族が訪れることもなくなって老いた祖父母が孤独な毎日を送っていたある日、知り合いの村人の一人が「あの墓の価格は、この家ともう一人の金持ちの家だけ、よその家の3~5倍取った。『お金持ちだからいいだろう』と世話役の人が言って、自分は『お金持ちだって、それなりに大変だと思うよ』と言ったのだけど」と、茶飲み話に友人の家族に告げた。

田舎は嫌い、弱者も嫌い

その時点で墓ができてもう何年もたっていたし、事実を確認するすべはない。しかしまだ子どもだった友人は聞いた時すぐに、大いにあり得ることだと思った。それが村の常識であり、恵まれて豊かな(ように見える)家は、いくら他の村人に奉仕しても利用されてもあたりまえということは、子どもであった友人も当然のこととして受け入れていた。たとえ、その家が弱って滅びかけていても、そんなことは配慮や遠慮の対象にはならないことも友人は痛感していた。

優しいが皮肉屋のこの友人は、福祉や人権、社会主義革命を支持しているが、貧しい人や庶民は大嫌いだと公言している。「田舎の人に共産主義も社会主義も必要なものか。あの人たちはすでにもう、金持ちや自分より豊かな人を食い物にして生きているから、資本主義でも競争社会でも何の不便もあるわけない」と言い放つ。「私が社会主義や共産主義や福祉制度を支持するのは、ただ、あんな人たちから行き当たりばったりに直接むしりとられるよりは、せめてきちんと自分の払うべき分を知っておきたいから。その方がまだ気分がいい」と。

Twitter Facebook
カツジ猫