ラフな格差論4-仕事だったらしかたがない

殺しを請け負う

私は本当にいわゆるヒーロー物にはうといので、かの有名な「必殺仕事人」シリーズがテレビでブームだった頃も、まったく見ていなかった。で、いいのかと思うほど少ない知識と記憶とに基づいて書くが、あの当時あの内容に批判や抗議はなかったのだろうか。なかったはずはないと思うが、ドラマの人気の前にそれは沈黙したのだろうか。
ドラマを一話もちゃんと見たことがないままに書いているのが我ながらすごいと思うが、「必殺仕事人」は、悪を倒す話である。弱者を救う話である。しかも主人公たちは仮面はつけていなくても、その正体を隠し二重生活をしている。こういうところは伝統的なヒーローで正義の味方である。悪人がしたい放題をして善人や弱者があらかたひどい目にあいつくした後で、彼らが悪をほろぼすというのも、まあ、正義の味方のいつものことだから、それはこの際問題ではない。このドラマが新しく珍しいのは、彼らがそれを報酬をもらって依頼を受けて、仕事としてすることである。

これは「ゴルゴ13」も同じである。こっちもろくに読んでないので恐ろしい間違いを書きそうだが、「必殺仕事人」にしろ「ゴルゴ」にしろ、彼らは視聴者読者の大半にとって正しいと感じられることを最後にはする。弱い者や虐げられた者を彼らはいためつけないし、巨悪や奸物を滅ぼしている。
しつこくくりかえすが、私は詳しいことを知らない。しかし彼らはどの程度何を基準に仕事を選んでいるのだろうか。どんな仕事でも引き受けるし金になることなら何でもするというのが彼らの良心で職業意識のように見える。だとしたら、いろいろあるにしてもその結果がすべて、正義のヒーローのやることとあまり変わりがないというのは、ラクダが針の穴を通り金持ちが天国に行くよりもっと難しいし運がいいとしか言いようがない。

探偵か警察なら許される

この原型もしくは基本はシャーロック・ホームズをはじめとした探偵たちにある。彼らも報酬をもらう仕事として、悪か正義か強者か弱者かわからない相手の依頼を受けて事件の解決にあたる。それが結果として社会にどういう影響をもたらすかは彼らの責任ではない。もちろん読者と出版社のために彼らは最後には世間の良識や道徳と矛盾しない行動をとるが、それは本来はしなくてもいいサービスで、きちんと仕事をしさえすれば、彼らの役目は果たされている。

さらに最近いいかげんに見ている海外ドラマの数々・・・CSIマイアミなんとかやらコールド・ケースやらクリミナル・マインドやらそういうものの多くは警察関係で法の執行にあたって犯罪者を追求し事件を解決する人たちが主人公である。彼らも英雄で正義の味方でヒーローのすると同じことをしているが、彼らが献身的に天才的にその力を発揮するのは、「それが仕事だから」である。もちろん彼らはその努力に見合った(見合ってないかもしれないが)給料はちゃんともらっているだろう。

これら海外ドラマの主役たちが「必殺仕事人」や「ゴルゴ13」とは大きく、そしてホームズをはじめとした探偵たちとは微妙にちがうのは、あくまでも法律を守る立場をつらぬくことだ。しかし、それ以上に共通しているのは、彼らが正義の側につき弱い者を助け悪をこらしめる理由もしくは言い訳が「仕事だったらしかたがない」であることだ。
彼らが自分の才能を生かし、世の中のため他人のため未来のためにその能力を還元するのは、決してボランティアではない。きちんとしかるべき報酬をもらい、それにふさわしい、それに見合った仕事をすることで、彼らはおそらく良心を守り人間としてのつとめを果たした安息を得ている。仕事がどんなに過酷で危険でも彼らは弱音や愚痴は吐かない。(「ダイ・ハード」のマクリーン刑事は例外として。)まさに、それが自分の役割だから、彼らはつとめを果たすのである。

「仕事だから」と責任放棄

「必殺」や「ゴルゴ」の場合には報酬による契約が、法律より優先する。しかしいずれにせよ、彼らは皆、一定の契約内で人類と社会に貢献する。そこには貢献が無制限でなくていい保障と、自分の責任と判断で敵を選ばなくていい保障がある。与えられた仕事を確実にこなせば生きている責任を果たせるという安堵感と充実感は、これらすべての作品の、隠れた人気の原因だろう。

法律、医療、教育、その他すべての分野において、仕事はそうして人間を支える。だが、その与えられた仕事が、役割が、まちがっていたらどうなのか。ありもしなかった大量破壊兵器のために他国に人殺しに行くのも、年寄りをだまして健康器具を売りつけるのも、仕事としては立派な仕事だ。
「仕事だから」に甘んじてひたむきに努力することは、時に無責任、時に危険だ。それを点検するのは個人の役目でもあるが、どのような仕事を与えられるかは運不運もあり、そこにも格差は確実にある。だとしたら、それを解消し最小にする社会も私たちはめざさねばなるまい。

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カツジ猫