映画と戦争ジャーヘッド

文明が進む程、仕事として見知らぬ他人を殺害する事には抵抗が生じ従って兵士の訓練も困難になる。「フルメタル・ジャケット」もそうだが、この映画も普通の若者を殺人者にする為の訓練場面から始まる。理性や誇り、優しさ等の普通の美徳が封じられ剥奪され、一方で規律に従う従順さは増幅されなければならない。

戦争映画の全てには鬼の様に残酷な教官や上官が登場する。それをどの様に描くかはその映画の重要な要素となる。彼らの多くは平和な日常なら否定される野性や獣性を具える。かつての日本の反戦映画や小説では彼らは無条件に悪役として否定的に描かれた。従って「人間の条件」で佐田啓二(中井喜一の父)扮する士官が友人である梶に対し、「実際の戦闘ではお前より古参兵の方を俺は頼りにするしかない」と発言するのは当を得た見解であるにも関わらず、やや唐突で納得し難いものとなって居る。

ノーマン・メイラー「裸者と死者」では殺人を好む野蛮な兵士クロフトが強烈な魅力を発揮する。映画「プラトーン」では悪役のバーンズのみならず正義の側のエリアスもこの様な野性、獣性を有している。大西巨人「神聖喜劇」では農民出身の無学な下士官大前田が「中国人を焼き殺した」と自慢する野蛮な存在で有りながら彼も又戦争の被害者であるという視点が失われる事はない。
戦争とは文明や平和の中で圧迫され迫害された野性が力を得て逆襲する場でもある。彼らを悪と描くか犠牲者と描くか英雄と描くかは重要な問題で有る。
この「ジャーヘッド」でも残酷な上官は否定されていない。彼も又思い出の一つとして受け止められ、その為映画が青春映画風の甘さを持つのは否めない。しかし等身大の体験記としてはこの感覚も有り得る。

この上官は海兵隊が好きで、此処に居なければこんな見聞は出来ないと述懐した。それは戦時下の異国の異様な情景だが、特に残酷な物を彼が好んで居る訳ではない。映画「アレキサンダー」で主役の帝王は遠方にまで領土を拡張し戦争を広めるが、それは領土拡大の野望より異国への興味の様に描かれて居て、現在の様に世界旅行が自由に出来れば彼はそれで満足したのではないかとの印象さえ与えた。「ジャーヘッド」の上官も又同様の感覚を持ち、それが現実の兵士の実感に基づいて描かれた物なら、戦争が当事者にもたらす魅力は旅に似ているのかも知れない。

実際にこの映画が描くのは湾岸戦争の最前線における異国や異文化との触れ合いで有り、戦闘以上にその事が印象に残る。その一方で、本来は最も苛酷で生々しい戦闘に遭遇し敵との接触による殺し合いを余儀なくされて居た筈の陸軍(ここでは海兵隊)の役割が、むしろ爆撃による空軍に取って変わられ、憎しみや恐怖の中での「血の通った」殺し合いの無い儘に、味方の空軍の行った殺戮を敵と同じ場所で目にしなければならない、奇妙な存在となって居る面も伝わる。この中途半端な宙ぶらりんの感覚は恐らく兵士達の精神を狂わせ病ませるだろう事も理解出来る。

戦争映画で重要なのは戦った兵士達をどう描くかだ。彼らは被害者か加害者かその両者か。いずれにせよ、例えば特攻で散った学徒兵と「中国人を焼き殺した」大前田の様な農民兵を差別し区別する事があってはなるまい。「近きより」の発行で戦時下の日本で良心的な発言を続けた正木ひろしも、傷病兵を救う活動を続けて居たのが弾圧されなかった理由の一つらしいが、彼にとってそれは決して手段ではなかっただろう。時代と国を問わず、反戦と兵士達への支援とは矛盾する活動や発想ではないのだ。戦いに行き赤の他人を殺す事を選んだ彼らを批判し非難するのなら、彼らを送り出してしまった自らの責任も問わねばなるまい。

終戦記念ドラマ「帰国」に限った事ではないが、映画や小説で往々にして男を送り出して待ち続け、時に男が帰って来ない女の悲劇を描く時、そこに男を死地に追い遣った女の責任は描かれない。戦争に反対し局部に焼いた新聞紙を乗せられる様な拷問を受けた女性活動家達もかつての日本には無論多数存在した。そんな生き方を選ぶ事も女には可能だった。その勇気が持てないのならそんな拷問を覚悟しないですむ今、女は反戦運動をすべきだろうし、そうでなければ一方的な被害者顔で男の帰りを待ったり死を悼んだりする事は滑稽で醜い。
そして「ジャーヘッド」の女達は男達を銃後で支えるどころか、強かに裏切る。それを恥じずに男に告げる。戦地の夫を裏切る妻の話も昔から幾らでも実際にはあったろうが、この映画の様にそれが果敢かつ過激に描かれると、その事は女達の間接的な反戦活動でもあるのだという図式が初めて浮かび上がって来た。

リアルで地味な映画だし、青春映画めいた(悪い意味での)甘さもある。だがそれだけ固定観念や枠組みを排して当事者の実感に基づいて再現したであろう部分の多さが、様々な貴重な情報を与え、新しい発想を導く映画である。

Twitter Facebook
カツジ猫