ラフな格差論2-いいから黙っとけ!

テレビに向かって叫びたくなる

時々テレビの面白おかしく政治・社会問題を語る番組で、「金持ちが元気になれば貧しい人もうるおうのだから、金持ちを優遇する政策に文句を言ってはいけない」とかなり真剣に必死と言ってもいいほどに強調、主張する人がいる。そう書いただけで知っている人にはもうわかるのではないかというほど、いつも同じことしか言わないが、この人個人はどうでもいいので名前は出すのはひかえる。

この論理自体本当かどうか怪しいが、それもここでは問題ではない。私がこの人の発言を聞くたび、ひやっとし、いらっとし、「いいから黙っとけ、このバカ!」とテレビに向かって叫びたくなる理由の方が問題だ。
最初はこの人が嫌いなのかと思ったし、この論理自体が嫌いなのかとも思った。しかし次第に気づいて来たのは、そういうこと以前に危機管理の面で私はこの人のこの発言に肝を冷やしているのだということだった。

おまえはどっちやねん

それで、ぶっちゃけこの人以上に危機管理を無視した発言をすると、そもそもこの人は自分を金持ち貧乏人のどちらと思っているのだろうか。日本規模でも世界規模でも。
貧乏人と思っていて、私もがまんしているので貧しい皆さん、金持ちをうらやまないようにしましょうと訴えているのか。自分はそこそこ金持ちでしかし貧乏人から文句や不満は言われたくないという心境なのだろうか。そこのところがわからない。

おまえはどうかと言われたら、私は世界規模ではもちろん日本規模でも自分が金持ちとは思わない。知り合いの誰にもそんな人はいない。しかしそのことにさしあたり不満はない。金持ちをうらやましいとも思わない。
しかし自分が貧乏かというと、これまたそうとは思えない。もっと苦しい、もっとつましい生活をしている人が日本にも世界にもごまんといる。それで確かに不幸で絶望している人もいる。どちらかというと、そういう状況の方がときどき自分に近いと感じる。あと数千円、数百円あれば、愛する人を幸福にでき、自分も息がつけるのにと思うことは毎日多い。

しかしそれでも、自分はまだ恵まれていると思う。だからいつ誰から、どこから、おまえは不当に物や金を持ちすぎている、持たない人にそれを与えろと言い渡されるか不安でならない。そうなった時、でもこれは自分が生きていくためにどうしても必要な分ですと、何を根拠にどこまで主張できるのか、どう考えてもわからない。
私だけではない、多分世間の多くの人は、それがわからないまま生きている。神ならともかく法律がいきなりそれを要求した時、ほとんどの人はあきらめるしかないだろう。それを左右するのは力関係ならまだいいが、ほとんど運のよしあしでもある。

たとえ社会主義革命を志している人でも、たとえ身を粉にして無償の福祉活動をしている人でも、仲間との間にこのような格差はきっとある。最もそういう要素がないのは修道院ぐらいだろうが、でもきっとそこにも何かそういうものはある。容姿健康そういうものまで含めたらどこに行っても人間や生物である限り、こうした格差と、それが招く運命からは逃れられない。

そっとしといてよ

話を金に戻すなら、そういうわけで、いきなり神や他者から持っている物をもっと貧しい人のために差し出せと言われて拒否できる明確な論拠を持っている人などいまい。
諸外国たとえば欧米などではキリスト教の教えもあるのか、ある程度の金持ちは当然のように慈善活動を行う。慈善活動を行えるということ自体が恵まれた者の特権かもしれないということはこの際考えない。このように何らかのかたちで社会や世界のより恵まれない存在を自分にできる範囲で救うのは、巨万の富を有する人の免罪符であり罪悪感の軽減であり神や社会や良心からのお目こぼしを願う心理だろう。そのすべて(免罪符、罪悪感の軽減、お目こぼし)を私は評価し共感し支持し認める。だがそれを、どこまでやればいいのかということについては、よかれあしかれ基準などない。どこまで不幸な人につくせば、自分の幸福が許されるのか、答えを知っている人など、きっとこの世に一人もいない。

だから私は最初に述べた、そのような人のそのような発言の軽率さに、まさにその「持てる者」の立場から、怯えて怒る。神に向かっての深い意味でも、世間に向かっての浅い意味でも、「持てる者」が許され保護される論理も倫理もまだまだ確立していない今(多分永久に確立はしまい)、その人の目から見れば金持ちのカの字でさえない私のような者までが、自らの恵まれた現状を人に知られまい、知らせまいと息をひそめて暮らしているのに、この人はどういう自信や確信や勝利の方程式があって、「持てる者に文句を言うな」と持たない者を刺激する危険発言を繰り返すのか。その責任をどうとるつもりか。それが私の、この手の発言へのいらだちの根本にある。

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カツジ猫