ぼくと、しなもんさんの、かくしつ(カツジ猫)
みなさん、こんにちわ
きのうぼくがかいていた、せんぱいねこの、きゃらめるさんのぺなんとは、これです。
かいぬしはいつも、べっどのなかからみて、
「あいつ、いつも、このぽーずで、ふろーりんぐと、たたみのへやの、
あいだのしきいに、ねそべっていたのよ。
いまでも、めにやきついてて、はなれない」といっています。
おしょうがつのぺなんとは、またこんど、しょうかいします。
ぼくのも、もうひとつあるんだけど、それはまた、こんどにします。

ぼくが、きのう、かいぬしにつくってほしいといっていた、
こいのぼりとの、こらぼは、いいしゃしんが、あまりないんだよな。
これは、こいのぼりの、ぬいぐるみとの、つーしょっとだけど、
これなんかいいんじゃないかな。

きゃらめるさんの、くりすますようのと、いっしょに、
つぎは、これをつくってほしい。
「おかねがない」と、さわいでいるから、
いつになるか、わからないけど。
かいぬしは、あいかわらず、ぼくが、このいえにきた、
じゅうろくねんまえの、ぶろぐのきじを、さがして、よんでいます。
「あんまりまいにち、かいているから、きりがない」といいながら、
「なんだかなあ。いちばんかなしいのは、おまえがしぬ、すこしまえのころは、
ほとんど、こういう、きじがないんだよなあ。
いそがしかったし、つかれていたし、
おまえのことは、すきだったんだけど、なんとなく、めんどうくさくて、
かわいがってやらなかったかもしれない。
そのころから、なんとなく、きづいてはいて、
『このごろ、かつじのことを、かかないなあ』とか、
はんせいしてはいたんだけど」と、
へんに、おちこんだりしています。
たしかに、ときどき、ぼくのことを、うるさそうにはしてたよな。
でも、いつも、おさしみをくれたし、
ぼくが、としとってからは、なにかあったらとしんぱいして、
なんねんも、ひとばんいじょうの、りょこうには、いかなかったし、
それだって、めったにいかずに、ずっといえにいたし、
ぜんたいとしては、よくやったほうだとおもうぞ。
なにより、すんだことだから、きにすんな。
ぼくは、ほかの、このいえにいた、どうぶつたちといっしょに、
すがたはみえないだろうけど、いきてたときのままで、
いつでも、まえとおなじに、そばにいるんだから。
この、したのきじは、ぼくが、このいえにきて、
まだ、いまのちいさいいえは、たっていなくて、
うえのいえの、おおきなおもやで、みけねこの、しなもんさんと、
けんりょくあらそいを、していたころの、はなしです。
しなもんさんは、ぼくのまえに、しんだけど、
いまでも、そのときのきおくがあるのか、
ぼくには、あいそがわるいです。
きゃらめるさんや、くろねこのあにゃんさんとちがって、
ぼくにちかづいたり、なめたりもしてくれません。
はいいろねこの、ぐれいすさんのように、くちにだして、
いろいろ、ぐちや、もんくをいったりはしないけど、
ぼくのことは、まるで、あいてにしてくれません。
でも、このごろは、かいぬしが、ちょっとにている、
みけねこのぬいぐるみを、もってきて、おいてるせいか、
ときどき、このはなれにもきて、
いすのうえから、てれびをみたりしています。
そのうちに、またちかづいてみようかな。
また、はたかれるかな。
しなもんさんは、すごくあたまがいいらしいから、
むかしのことは、きっとぜんぶ、おぼえているだろうからな。