しんさいと、ぼく(カツジ猫)
みなさん、こんばんわ
かいぬしは、かたづけが、ぜんぜんすすまないので、ふてくされて、
「もう、なるようになれ」とかいって、まいにち、ごろごろしています。
きょうは、ときどきいく、しょくどうで、てんいんさんと、けんかして、
「もう、にどと、いかないことにする」と、いっていました。
もともと、あんまり、いかないおみせだから、
おみせもそんなに、こまらないとおもうけどな。
「ひさしぶりに、けんかをしたら、けつあつがあがったのか、
すこし、げんきになって、やるきがでた」といっていました。
なんだかなあ。
「これでも、おまえたちが、いきていたころは、
てきをつくったり、ひとにきらわれたりしたら、
おまえたちに、ひがいがあるかもしれないから、
いつも、いいひとで、だれともなかよくするようにしていたもんさ。
いまはもう、おまえたちがいないから、
いじめられたりする、しんぱいもないし、
こわいものがないのが、ありがたい」と、いっています。
このままじゃ、きょうぼうな、としよりになるかもしれないな。
ちょっと、しんぱいです。
ぼくが、とうじょうする、むかしのぶろぐでは、
ちょうど、とうほくの、しんさいが、おこったころのようです。
ぼくたちは、ぱそこんをのぞいて、
かいぬしといっしょに、そのころのことを、おもいだしています。
「なにかあったら、かってに、にげるんだよ」と、かいぬしがいって、
「そんなこと、はじめから、きめてるよ」と、ぼくが、かんがえたことも、
ちゃんと、かいていました。
あのころは、ひさいちで、しんだねこや、いぬや、
そのほかのどうぶつも、おおかったんだよなあ。
じこのあった、げんしろの、たてものに、すみついて、
さぎょういんの、ひとたちに、だいじにされてた、こねこがいたけど、
あのあと、どうなったのかなあ。
「あんがい、ぶじに、ながいきしたかもしれないぞ」と、
せんぱいねこの、きゃらめるさんは、いっていました。
そうだったなら、いいけどな。
